2009年3月17日 (火)

まちなかの小さなビレッジ

Dsc03190昨年の夏に千葉県柏市でオープンした「柏の葉フューチャービレッジ」。地域関係者のコミュニケーションの場として、そして活動拠点として開設された施設である。敷地面積が1000㎡で、建物面積は400㎡。周辺の開発を手がける不動産会社のオフィス、まちのクラブハウス、キッチン会議室、隣接する病院の入院患者家族の支援センターで構成されている。

フューチャービレッジ、すなわち未来のムラ。滑らかなカーブを描く建物の形は、未来を予感させるデザインである。商業化された最新設備も数多く導入されている。屋根には14kWの太陽光発電パネルが設置されており、施設の消費電力の約4割を自給。ソーラーコレクターで集められた太陽熱は暖房に利用され、壁面緑化よって冷房負荷を15削減。高い断熱性能。LED照明。上水の利用量は雨水タンクの設置によって6割削減、などなど。ハードウェアとして、近未来の生活がデモンストレーションされている。

まちのクラブハウスでは、園芸倶楽部など多様な地域活動が試行され、キッチン会議室では食をテーマとしたワークショップが開催されている。こちらの方はソフトウェアとしての近未来の生活を創発しようという趣向である。それぞれの生活を楽しみながら、何かを共有できる、顔の見える人間関係をつくってゆく。かつての村落共同代のような拘束性の強い関係ではなく、志向を共にする人間関係といえるだろう。

まちのクラブハウスもキッチン会議室も誰かに占有されるものではなく、日によって時間によって使う人が変わり、場面も変えてゆく。この場所を基点としたヒューマンスケールなエリアのなかで、趣味や志を同じくしたグループがいくつも生まれてゆく。そして複数のグループは、この場所で緩やかに重なってゆく。未来を予感させる施設のなかで人間関係もつくられてゆく。

まちなかの小さなビレッジ。この場合のビレッジは、基礎自治体としての村ではなく、小集落である。小集落からのスタート。地域づくりの基本と言えるかもしれない。

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2009年3月 6日 (金)

多くのボランティアが必要なのか?

88東京都内の某所、コンビニエンスストアの前に、ある看板が設置されていた。看板には「この道は私たちが清掃・美化のボランティア活動を行っています」と書かれ、道路を所轄する役所の名前、そしてコンビニエンスストアの名前が示されている。同じような看板は、他の場所でも目にすることがある。

たしかに店舗周辺の道路の清掃や美化を行うことは、良いことなのだろう。ただし、これはボランティアという行為に当たるのだろうか? たしかに道路という他人の土地を清掃するわけだから、ボランティアと言えなくもない。しかし、むしろ営業活動の一環として位置づけるべきものだと思う。店舗周辺が汚ければ、おそらく集客にも差し障りが出てくるはずである。普通の経営感覚からすると、店舗周辺を清掃・美化するのは、ごくごく当たり前の行為であるはずである。

戸建て住宅に住む人であれば、自宅前の道路が散らかっていたら、掃除をする人が多いだろう。僕だって、たまには掃除をする。他人のためではなく、むしろ自分のため掃除をする。それをボランティアだと呼ぶ人はいないはずである。かりに、大半の住民が自宅付近の環境を良好に保っていれば、特別な何か、つまり清掃ボランティアは不要となる。逆に多くのボランティアがあったりすると、そちらに依存して、自分では何もしない人が出てくることになる。

もちろんボランティアが必要な分野はあるだろう。ただし何がかんでもボランティアにしてしまうと、人々の自律的な態度を損なうのではないだろうか。少なくとも自分の周辺を、できる範囲で、それなりに保つことはマナーであるべきだと思う。この看板は逆説的に、そのことを伝えているのかもしれない。

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2008年11月27日 (木)

昭和の地域力

東京タワーの近所に「芝の家」という施設がオープンした。木製の掃きだし窓の前には、縁台が設けられている。縁台は道路に路地に面しており、そこで人々が休め、交流できるようになっている。昭和30年代にあった、人と人とのつながりを再生することを目的としてつくられた施設だそうだ。いまのところオープンしているのは、週3日だけれども、いろいろな催しも開かれている。

Dsc02910 僕が東京にやってきたのは昭和が終わりかけた頃、ちょうどバブルの時代である。そのころの職場は「芝の家」の近所だった。バブルの時代であったけれども、職場周辺には昭和の雰囲気が残されており、オジサン・オバサンが営む商店も多数あった。

例えば、お昼になると食堂に行き、定食を注文する。そして「あー、今日は本当に腹へったなあ」と言ったりすると、オバサンが「じゃあ、大きな冷奴をオマケしとくね」と、豆腐一丁をまるごと出してくれたり、ご飯を大盛りにしてくれた。夜は居酒屋に行くと、そこの娘さんと一緒に飲んだりもした。バブルの時代で、中身はともかく、仕事の量が多かっただけに、ビジネスライクでないコミュニケーションにほっとさせられた。

しかしバブルという波にさらされて、また大きな市場経済の波に洗われて、昭和の面影はすっかりなくなってしまった。高層ビルが立ち並ぶようになり、商店街も消え去った。しかし開発に取り残された区画もあり、そこで昭和の地域力を再生させようと「芝の家」が開設された。

いまほどビジネスに支配されておらず、おおらかさがあった昭和。おおらなか地域づくりに起点としての「芝の家」に期待したい。

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2008年11月18日 (火)

ヒューマンスケールな水利

仕事で京都に行ってきた。紅葉のシーズンとなったので、平日に関わらず、多くの観光客で賑わっていた。市内を走るバスも、まさにスシ詰め状態である。そして交通渋滞。そのうえ乗客が多いと、バスの乗降に時間がかかる。目的に到達するまでに、予想していた時間の2倍を要した。しかし、まだまだ序の口である。平年通りなら、京都の紅葉のピークは11月下旬であり、その頃に3連休がある。おそらく大渋滞になるだろう。なお、来週のウィークディにも京都出張に出る予定であるが、やはり多くの人出があるようで、たいていのホテルは満室のようで、宿泊先は確保できていない。景気が悪いというけれど、みんな、それなりにリッチになったのだろう。

さて、京都の街中の公共交通機関といえば、バスが中心的役割を果している。しかし往時には市電が走っていた。廃線になったのは、いまから30年前の1978年である(キャンディーズも同年に解散)。いうまでもなくモータリゼーションによって、市内を走るクルマの数が増え、市電の運行効率が落ち、また増え続ける物流需要に対応するためには、道路をクルマに明け渡すことが必要になった。

もちろん市電は公共交通機関であったわけであるが、それは京都の街づくりの象徴でもあったのだと思う。明治維新による東京遷都で、明治初期の京都は衰退を余儀なくされた。そこで地域の活力を引き出すために、琵琶湖から水を引くという疏水建設構想が持ち上がった。疏水をつくることで、舟による物資の輸送を活発し、日本で始めての事業用発電所をつくり、新しい工場を建設する。いっぽうで水道事業を興しながら、市電も開業する。壮大な地域構想の一環として市電があったのである。

Dsc02934当時は現在のような重機はなく、疏水建設工事のほとんどが人力によって行われた。琵琶湖から水を引くには、滋賀県境にある山々にトンネルを掘って水路をつくらなければならないし、効率的に配水するには、レンガなどを使い、高さのある送水路をつくることも必要になる。完成が危ぶまれる難工事であったけれども、着工から5年で最初の疏水は完成した。もちろん、それなりに大きな建造物がつくられているわけであるが、ほとんどが人力で行われているだけに、とてもヒューマンスケールな印象がある。生態系への影響も軽微であったはずである。

ずっと前から、京都にLRT(路面電車を洗練化させたシステム)を走らせようという動きがある。実現するには、どうやって資金を確保するか、どうやって市内中心部へのクルマの乗り入れ量を減らすか、いろいろな課題がある。しかし実現されればと思う。かつて京都の人々が考えた構想は、いまの時代でも通用する部分は少なくない。再生することには一定の意義がある。適正技術としての土木工事であり、街づくりだと見なすこともできるのではないだろうか。

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2008年7月25日 (金)

街のCSR報告書

「Community Social Responsibility Report 2008」というCSR報告書を入手した。発行元は、大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会(略して、大丸有)である。東京駅周辺の大手町、丸の内、有楽町地区では、持続可能な街づくりが取り組まれている。どのようなビジョンのもとに街づくりが進められているのか。ハード、ソフトの両面で何が行われているのか。街から、どのくらいのCO2が排出されているのか。持続可能という観点から、街の状況をまとめた冊子である。

872000年を過ぎた頃から、CSRという言葉が多く使われるようになった。そして大きな企業ではCSR報告書を出すようになった。こちらのCSRは、Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)であり、CSR報告書は、経済、環境、社会の3つの観点から、企業経営の持続可能性を企業みずからが分析し、情報開示を行うものである。いわゆる産業界ではCSRという言葉は定着し、CSR報告書の存在はそれなりに認知されている。大丸有のCSR報告書は、産業界のCSR報告書を意識したものだと思う。

産業界でCSR報告書を発行するような企業は大企業であり、その活動範囲は広く、グローバルカンパニーであることも多い。国内で営業を行う企業であっても、海外から仕入れを行っていることがほとんどである。だから企業のCSR報告書には、親近感を感じにくいのも事実である。企業の規模が大きくなると、余計にそうなってしまう。かりに総合家電メーカーA社のCSR報告書であれば、A社が事業を展開するすべて分野や地域、材料の調達、物流、社会貢献活動にいたるまでの情報が網羅されている。興味を持って、読むことができるのは業界筋、投資家、コンサルタントの人たちに限られるだろう。

ところが街のCSR報告書では、人数は限られるかもしれないが、かなりの数の多種多様な人が一定の興味をもって読む可能性があると思う。何ならの形で街に関係する人は、報告書に書かれていることを、実際に自分の肉眼で確認できる。街は、まとまりを持った生活世界であり、リアルに感じることができる。リアルな世界で自分の行動を広げ、深めることができる。

大丸有のCSRレポートはA4版、約100ページで、かなりのコストが投入されているようだ。日本の経済を担う中心的な場所であり、コスト負担力がある。しかし街のCSRレポートは、お金がなくても、知恵を持ち寄り、汗を流せば、それなりのものが作れるのではないだろうか。グラスルーツのCSR報告書も、いずれ出てくるだろう。

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2008年7月22日 (火)

環境モデル都市選出

今春、日本政府は全国の市区町村を対象に「環境モデル都市」の募集を行った。低炭素社会に向けて、世界の先例となる都市モデルをつくり、そこで得られたノウハウ知見を社会に広く普及させることが狙いである。全国から82件の応募があり、7月22日に6自治体が選定されたことが公表された。選定基準は、1)大幅なガス排出削減目標、2)先駆性・モデル性、3)地域適応性、4)実現可能性、5)持続性、の5点だそうだ。当初予定では、10都市が選ばれることになっていたが、現時点では選出されたのは6自治体で、以下のような特徴がある。

 北海道帯広市:牛糞の代替燃料として活用
 北海道下川町:町面積の9割を占める森林資源の有効活用
 横浜市:省エネ製品購入を促す「環境ポイント制度」の導入
 富山市:LRTなどを生かしたコンパクトな都市づくり
 北九州市:工場廃熱などの活用によるゼロエミッション街区づくり
 水俣市:水俣病の経験を生かした環境教育や省エネ

また正式選定には至っていないが、以下の7都市も「環境モデル候補都市」とされている。これらの候補都市は、計画を再度精査し、年度内に基準を満たせばモデル都市に格上げされるそうだ。

 東京都千代田区:オフィス街単位でのエネルギーマネジメントシステム
 京都市:歩いて楽しい街づくり
 大阪府堺市:積極的な太陽光発電システムの設置助成
 長野県飯田市:市民の出資による太陽光発電事業の推進
 愛知県豊田市:ITS(高度道路交通情報システム)の推進
 高知県檮原町:森林整備による温室効果ガス吸収
 沖縄県宮古市:サトウキビを使ったバイオエタノール生産

モデル都市とモデル都市候補を合わせて13自治体。このうち1カ所は少年期まで過ごした場所(富山市)であり、10カ所は訪れたことがある。足を踏み入れたことのない残り2カ所についても、いずれ行ってみたい。

001_1えてして、身近なものについては、人はあまり高く評価しない傾向がある。だから、慣れ親しんだ富山市が環境モデル都市に選定されたと耳にしても、あまりピンとこない。「へえー、そうなのか」という印象である。たしかに最近では、最新式のLRTを導入するなど、検討しているようだ。ゆかりのある街だから、頑張ってほしいと思う。

環境モデル都市の1つに選ばれた水俣市。水俣市というと、とかく水俣病が連想され、好ましいイメージを持つ人が少ないのではないだろう。かつては僕もそうだった。しかし実際に水俣市を訪れてみて、大きな見当違いであることを知らされた。川の水も、海の水も本当に美しい。日本の農村風景も残っていて、緑の山々も美しい。いったんは水俣病によって深刻な影響を受けたものの、深刻さゆえに自然と真摯に向き合うこととなり、その結果、美しい水や風景が再生されたのである(水という点では、富山市より、断然、きれいだと思う)。水俣市は、温暖化防止や低炭素社会などというよりも、人間の生き様や物語性が感じられる街である。

富山市はともかく、水俣市には、できるだけ多くの人に訪れてほしいと思っている。ほんと、ヒネクレ者である。

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2008年5月13日 (火)

災害復興とタケ

残念なことだけれども、ミャンマーと中国で大規模な自然災害が相次いで起こり、大きな被害を出している。外国での出来事であり、僕にできることは義捐金を送るくらいしかない。被災した人たちが少しでも早く救出され、また被災地が復興されることを祈っている。

さて、ミャンマーと中国の共通点のひとつに、タケが豊富にあるということがある。タケは成長が早く、中空で、軽くて扱いやすい。含有糖分が多く、虫害に遭いやすいという短所はあるものの、普通の木材と同等以上の強度がある。だから昔から建物など、いろいろな分野で活用されてきた。

もう10年近く前のことであるが、1999年1月に南米のコロンビア中部のアルメニア地方で大きな地震が発生し、約1200人が死亡し、25万人が被災した。かつてスペインの植民地であったため、コロンビアの建物の多くはスパニッシュスタイルで、レンガの積石造の建物は大半が崩壊した。しかしタケを使った、いわば竹造住宅の被害は軽微にレベルに留まった。そこでタケによる住宅建設(が、被災地の復興プロジェクトの1つもなった(蛇足だが、このとき現地関係者が支援を求めて来日し、僕はボランティアとして各方面にコンタクトした。数ヶ所から「年度末で忙しいから、急には対応できない」と言われ、情けなく感じたことは、いまも忘れない)。

一般にタケの住宅というと、質素なイメージが連想される。しかし適切に用いれば、普通の木造住宅に見劣りしない住宅をつくることができる。もちろん十分な強度を確保することも可能で、コロンビアでは5階建てのタケの住宅があるくらいである。そう言えば、バリ島などでも、タケで立派なリゾートホテルがつくられている。

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そして、いま思うことは、約10年前にコロンビアで進められたタケによる住宅建設を、ミャンマーや中国でも応用できないだろうか、ということである。たしかコロンビアのプロジェクトは国連からもバックアップを受けていたはず。国連機関などの仲介によって、ノウハウが移転されれば、いくらかでも復興は早まるのではないだろうか。

しかし話はそう簡単ではない。ミャンマーの軍事政権は、他国からの国際救援要員の受け入れには前向きではない。いっぽう中国にとっては、タケを主材とした住宅建設よりも、鉄筋コンクリートによる建物の方が、マスを追及する近代化トレンドに合致するのかもしれない。

復興にはスピードが要求される。扱いやすいタケはそれなりに有用な材料だと思うのだが……。

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2008年4月27日 (日)

歩いて楽しい川づくり

静岡県三島市に出かけ、街なかを歩いてみた。三島市の特徴のひとつが、街なかに開放的なせせらぎ空間を多数つくっていることである。そして、川や水辺などの整備を進めるにあたって、市民主導で計画をつくり、行政との協働によって事業を進めてきたことでも三島市は有名である。

水のポケットパーク、川沿いの遊歩道、街なかの水の仕掛け、ホタルなど生物が生息できる環境整備など、せせらぎをテーマとして、いろいろな取り組みがある。いわゆる「歩いて楽しい街づくり」が進められてきているが、街づくりであり、そして「歩いて楽しい川づくり」でもある。

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源兵衛川という小川には、人ひとりがやっと歩ける通路が設けられている。川という自然を保全しようとすれば、人工物の設置はできるだけ小さい方がいい。しかし、その代わりに通路は狭くなり、通行しにくくなる。人がすれ違うことができないから、譲り合いの気持ちが必要となる。反対側から、やってくる人の気配を察して、声をかけながら、あるいは道を譲ってくれた人にお礼を言いながら、人が行き交うことになる。狭いぶんだけ、人と人の距離を縮め、コミュニケーションの素地を生み出すことにもなる。

さやさやと流れゆく水の音には、人を落ち着かせる効果があると思う。街にも落ち着きが出てくる。ちゃんとしたコミュニケーションを成立させる条件のひとつに、落ち着きがある。

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2008年2月 4日 (月)

もったいない図書館、雪のなか

福島県南部の矢祭町。人口が約6500人の小さな町である。平成の大合併と呼ばれる合併ブームのさなかに「合併しない宣言」を行い、さまざまな行政改革を進める町として全国的に有名になった。例えば、商店街のスタンプで公共料金を支払うことができるなど、工夫を凝らした多数の施策が展開されてきたが、そのひとつが「もったいない図書館」の創設である。

矢祭町には書店が1軒もなく、図書館がほしいという要望が前々からあった。しかし図書館を建てる費用もなければ、蔵書を購入する費用もない。そこで建物については武道館を改修し、蔵書については、全国から「送料も支払うことができませんが、不要になった本を下さい」と呼びかけた。そんな調子のいい話が上手くいくはずがないと、全国の図書館関係者からは冷ややかな目で見られた。ところが、おおかたの予想を裏切り、全国から40万冊を超える本が集まり、2006年の「もったいない図書館」のオープンにこぎつけた。

Dsc05071本が集まっただけではなく、本を寄贈した人も矢祭町に足を運ぶようになった。図書館の通路のガラスには、感謝の意を込めて、本の寄贈者の氏名が刻み込まれている。それを見るためにやってくる。また自分が送った本がどのように扱われているかを確認するために、やってくる人もいる。そして単なる物見遊山として、僕のように出かける人も多いはずである。全国から注目されることは、地域の人たちの意気や自信に結びつくと思う。外から人がやってくれば、地元経済にはプラスとなる。もったいない図書館は、住民に本を貸し出すと同時に、地域振興でも一役買っている。

広くて使いやすそうな図書館だった。冷やかしで訪れた僕たちにも、ボランティア・スタッフの方々は丁寧に対応してくださった。不要になった本とはいえ、高価で立派な本もたくさん置かれていた。例えば豪華なハードケースに入った著名作家の全集などもある。近所に住んでいたなら、ぜひ借りたいと思うような本も少なくなかった。

ただし訪れたのが、大雪の日の午前中だったこともあってか、来館者は僕たち余所者の他に誰もいなかった。広い室内はヒーターでしっかりと暖房されていたが、文字通り「もったいないなあー」と思ったりして……。天邪鬼の僕が個人的に感じたことである。少し工夫すれば暖房にかかるコストをかなり縮小できるはずである。本の次は、もったいないの知恵を全国から募集してみたら、どうだろう。もったいないコンクール。

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2008年1月16日 (水)

コミュニティガーデンと地域の安全

Dsc04992_2頭のトレーニングの一環として、ときどき仕事と関係のない分野で、懸賞文章などを書いている。しがらみのないところで評価されるか、評価されないか。評価されなかったとしても、それは「足りない」と評価されたわけだから、自分にとってはプラスになる。書くというプロセス自体から何かを学ぶことができる。今日は、ある論文コンクールの授賞式。僕も末席ながら賞を受賞することができた。

論文のテーマは「社会の安全(主に治安)」で、たまたま新聞で論文募集の広告を見て、ものは試しと応募してみた。応募するときには、まったく気づいておらず、受賞してみて初めて知ったのだが、主催者は警察関係の組織だった。なので、いくぶん場違いの論文応募であり、たぶん受賞者のなかでは、僕は異質だったのだと思う。授賞式では「論文中のカタカナが多かったのですが、新しい視点でした……」と評していただいた(カタカナは意識的に極力控えたつもりだったけど)。

Dsc01879さて、社会の安全を確保する方法の1つとしてコミュニティガーデンがあると思っている。僕の書いた論文の内容のすべてではないけれど、コミュニティガーデンについても部分的に言及している。閉じた庭ではなくて、誰もが自由に出入りできる庭があって、そこで地域の人たちが生き生きと活動していたら、不審者や犯罪企図者は近づきにくいはずである。コミュニティガーデンを通じて、地域の人々に人間関係ができてゆけば、互助の基盤ができてゆくと思う。

とは言うものの、現実は甘くないのである。例えば僕も家の近所で区民農園を借りたりしているが、収穫物を盗まれたりする。あるいは家のフェンスに這わせたブルーベリーの木から、実をとってゆく輩もいる(近所の子供が通報してくれた)。だからコミュニティガーデンが増えてゆくと、軽微な犯罪は増えることにもなる。でもね、被害が少ない限りにおいては、盗られた方は自尊心をくすぐられた気分にもなる。だって自分が育てた植物を評価してくれたのである(あんたはMか)。

コミュニティガーデンによって軽微な犯罪は増える可能性はある。何ごとにも危険やリスクはつきものである。しかしながら地域総体としての安全は高まるのではないだろうか。

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2007年11月19日 (月)

O2えき(オーツエキ)

Dsc04708京阪電鉄の浜大津駅。街づくり系のNPOが駅舎に入居している。改札口にすぐ隣りがNPOのスペースである。NPOスペースでは、地元の有機農産物や加工品などが販売され、またコーヒーも飲めるようになっている。壁の一部は市民画廊とされていて、市民のつくった作品が展示されている。またNゲージの大きな鉄道模型が設置されていて、その運転を楽しむことができる。京阪電鉄と地元の人たちが、協働で街づくりを行ってゆくための拠点のひとつとして位置づけられている。

東京をはじめとする都市近郊では駅ナカ・ビジネスが大流行で、駅舎はますます営利化している。しかし浜大津駅での取り組みは、その逆の非営利化である。ほっとさせられる。どんどん営利化を進めることでCO2を排出するのではなく、みんなで街づくり考える機会をつくり、できるだけCO2を出さない地域や暮らしのあり方向を再考する。駅を、ゆったりとひと息つける場所、つまりO2を吸える場所にしてゆく。オーツ駅。苦し紛れの親父ギャグ。

駅は、街のなかでもっとも多くの人が集まる場所のひとつである。そのような場所にこそ、非営利で社会性を備えた空間を整備すべきだと思う。

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2007年11月14日 (水)

道、後にありき

Dsc04668_2道路の真ん中に樹木が生えている。植えられているのではなく、まさに生えているという風情である。東京都台東区谷中の幅4メートルほどの路地の真ん中で、大木が育っている。車線の多い道路の中央分離帯などに樹木を配置することはあっても、道路の真ん中に樹木が生えているという事例は滅多にない。とても面白い光景である。

この他にも谷中界隈には、面白い路地が多い。くねくねと曲がった幅1メートルほどの迷路のような路地があれば、いまでに井戸が残っていたりする。そして細い路地に面した玄関前を、思う存分に緑化する家も多数ある。つぶれかけた古い家もあるけれども、朽ちゆくものの哀愁が醸し出している。歩いて楽しい町である。

Dsc04669この辺りは、道が先にできて、その後に建物が建ったのではなく、先に建物が建てられてゆき、残った空間が路地となったのだろう。だから樹木が真ん中に生えている路地もあれば、曲がりくねった細街路があるのだろう。クルマがなかった時代は、その方がかえって機能的だったのかもしれない。多数の家を訪ねる場合、一筆書きのように歩いてゆけば、かえって移動距離を短縮できたかもしれない。豆腐屋さん、魚屋さんなどの物売りの人たちにとって便利だったかも。あるいは、その土地の微妙の地形や植生を生かしながら建物を建てようとすれば、敷地境界は必ずしも直線にはならない。この辺りは坂が多いし……。

近頃のトレンドとしては、道路の障害物はできるだけ少ない方が望ましいと考えられている。また見通しのきく真っ直ぐな道路の方が、安全は確保しやすいのだろう。しかし谷中界隈の細街路のように、何事にも遊びの部分はあってもいいと思う。

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2007年10月29日 (月)

環境ポイントか,それとも環境税か

01ちょうどいま横浜市で「エコで得する! 環境ポイント」という社会実験が行われている。環境に配慮した行動を行うと、ポイントが得られ、そのポイントを地域の商店や公共施設、交通機関で使えたり、植樹積立金へ寄付できるという仕組みの実験である。ポイントを取得するには3つの方法がある。①土休日に地下鉄を使って来街すること(地下鉄「センター南」駅で降車し、港北東急百貨店に来店。さらに買い物をすれば、ポイントアップ)。②指定の環境学習会などへ参加。③都筑区まつり(11月3日)にマイ箸を持参。

ポイントの管理は交通ICカードで行われる。PASMOまたはSuicaを持っている人であれば、誰でも参加できる。駅や商業施設に置かれているタッチパネルにカードをかざすだけでポイントを取得することができる。

同じような取り組みは名古屋ですでに行われている。2005年の愛・地球博で、環境通貨「EXPOエコマネー」としての実験として行われ、一定の成果が得られとして今日まで引き継がれている。こちらの方も、公共交通利用、マイバッグ持参、各種活動へ参加すると、ポイントが取得でき、エコ商品と交換したり、寄付できるようになっている。

横浜環境ポイントやEXPOマネーは環境に配慮した行動を広げるという点で有意義だとは思うが、釈然としない部分もある。公共交通利用に対してポイントを発行することが、はたして環境負荷を小さくするのだろうか?……ということである。かりに最寄り品を買いに行くのであれば、近所の商店で買う方がエネルギー消費を小さくできるし、コミュニティ形成にも結びつく。少し離れた場所に出かけるとしたら、公共交通機関よりも、自転車の方がやはり環境負荷を小さいはずである。ところが現行の仕組みでは、このような行動は評価されない。都心部へと人を誘導し、かえって消費を拡大する恐れはないのだろうか。ポイントシステムを運用するにも、相当のエネルギーやコストはかかるだろうし。

今月上旬に「地球温暖化対策に関する世論調査」に結果が公表された。この調査のなかで、環境税の導入の賛否についても、たずねられている。結果は、「賛成」40.1%(「賛成」13.0%+「どちらかというと賛成」27.1%)、「どちらともいえない」24.4%、「反対」32.0%(「どちらかというと反対」15.2%+「反対」16.8%)となっている。2005年の前回調査と比較すると、「賛成」が上昇し、「どちらともいえない」が低下し、反対は同水準である。

個人的にはポイントシステムは煩わしいと感じている。また参加する人は一部の人たちに限られ、環境に配慮しない人の行動を改めることにはならない。いっぽう環境税の方がシンプルで、あまねく課税できる。

先週、フランスのサルコジ大統領は、雇用税の減税と引き換えに、温暖化ガスの排出量に応じて工業製品やサービスに課税する「気候・エネルギー税」の導入を公言したそうだ。日本では数年前に環境税の導入が検討され、産業界の強い反対にあって見送られた。そして、このところは環境税のことは大きな話題にはなっていない。政治が現状のまま推移すれば、しばらくは環境税導入の実現は難しそうである。そのために苦肉の策として、環境ポイントが考案されることになる。なんだか変だと思いませんか。

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2007年10月16日 (火)

もてなしの界隈式目

京都市中京区の中央部を東西に走る姉小路通り。この界隈には、昔ながらの形式を引き継いだ町屋が多数残っている。名所旧所めぐりも面白いかもしれないが、町屋の残る界隈を歩くのもなかなか楽しい。往時の雰囲気を感じることができる。伝統を守りながらも、いま現在の京都で暮らす人たちの息づかいが伝わってくる。

Dsc04449この界隈には6項目からなる「現代版姉小路界隈式目」がある。2000年に策定されたルールで、その内容は家型の板に書かれ、街なかにしっかりと掲示されている。江戸時代の町衆の自治規制に倣い、「住みよい、安心して暮らせる環境づくり」を住民みずからがつくるという姿勢を明文化したものである。

地域の人が協力し、「居住」と「なりわい」と「文化性」のバランスを維持すること。なりわいを表出させながら、界隈性を守ること。活気と住むことの静けさを共存させること、などが示されている。項目の6番目は来街者に対する心づかいに関するものである。「姉小路界隈の通りは、地域の人に『もてなしの心』を表現する場として認識され親しまれてきました。その思いを継承し、より心楽しい美しい通りになるよう努めましょう」。

もてなしの心のある、より心楽しい美しい通り。それは、その時々に応じた、しかも住民の手による、美しい何かがあることだと思う。ハードをきれいに整備するだけでは足りないし、恒久的なアート作品やモニュメントなど設置では余所余所しさがある。手作り感があってこそ、もてなしの心が現れてくるのだと思う。

Dsc04464そのひとつの形が手入れの行き届いた植栽である。小さな鉢植えを置いている家、家の前に花壇がある家、窓から植物をはみ出させている家、あるいは植物に彩られたサインを設置している飲食店。道行く人々の目を和ませてくれるし、住まい手の心意気も感じられる。

式目とは、なすべきことを簡単に記述したものであり、あまり具体的なものではない。それに従って、それぞれが行動を起こし、住みよい街をつくってゆく。大人の街でもある。

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2007年7月24日 (火)

The City is a Place of Chairs.

すこし前に、イギリスの都市交通専門家のレクチャーを聞く機会があった。タイトルは「都市を機能させる(Making Cities Work)」。彼によると、都市としての目標に向かうには「7つの秘策(the seven deadly wins)」があるそうだ。その1つが「都市はイスの場所であり、座るための場所を最大化すべき(The City is a Place of Chairs.  Action – maximize places to sit.)」だという。公園などの特定の場所で座れるだけではなく、都市の全域で座れる場所を確保すべきという趣旨である。パワーポイントのスライドで、道路にはみ出したオープンカフェから、一風変わった路上のベンチまで、さまざまな形態のベンチを紹介してくれた。

日本の建築基準法では、敷地内に誰もが出入りできる公開空地を設ければ、容積率や高さ制限の緩和を受けることができる。だから再開発地などでは、新たに大きなビルが建つたびに公開空地が増えてゆく。そして最近では、ただ公開空地をつくるのではなく、庭園をつくったり、ベンチを設置することで人々が自由にくつろげる場を確保するという取り組みも増えてきた。徐々にではあるが、日本においても「The City is a Place of Chairs.」が実現しつつある。

とは言うものの都市の先進国である欧米に比較すると、自由に座れる場所はそう多くないと思う。だから例えば昼休み時には、多くの人が公開空地に集まってくる。おまけに、この頃のオフィスは喫煙者を締め出す傾向があるから、公開空地にはスモーカーが集まってくる。すると、ゆっくりくつろげる場所ではなくなってくる。しかし都市先進国からやってきた彼ら彼女たちはニッチを探し出す。歩道脇の植え込みに座ってお弁当を食べている。考えてみれば、道路は通行するだけの場所ではない。使い方によっては、人々がコミュニケーションを行う場にもなるし、遊ぶ場にもなる。もちろん、すべての歩道がランチする場所に相応しいとは限らない。周囲の状況に応じて判断すべきである。

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当たり前のことを、柔らかに発想しなければならない。しかも周囲にちゃんと気配りしながら。歩道でランチする男女の姿を見て、改めてそう思った。しかし、いよいよ本格的な夏である。この先、彼らはどこで座る場所を見つけるのだろうか。

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2007年7月 6日 (金)

都市の鍼治療

ブラジル南部パラナ州の州都クリチバ。かつては何の変哲もない地方都市だったらしいが、いまでは先進的な都市計画を進めてきた都市として知られている。クルマよりも人を大切にし、ヒューマンスケールの都市をつくる。都市軸となる中心街区にはバス専用道を設けられ、2連接や3連接の長い車両の高速バスがびゅんびゅん走っている。高速バスを補完するフィーダーバスやコミュニティバスなどの路線も整備され、非常に利便性の高いバスネットワークができている。自動車道を縮小して、緑地や公園を確保し、歩きたくなる街区整備も行われてきた。

クリチバの都市が大きく変貌してきたのが、1970年代からで、当時の市長であったのがジャイメ・レルネル氏で、この7月に来日して東京でスピーチを行う予定だった。ところが残念ながら体調を崩され、元市長の片腕だった中村ひとし氏(元・クリチバ環境局長)が代理として来日された。ちょうど今日、スピーチを聞いてきた。クリチバは有名で、すでに数多くのメディアで紹介されている。だから知っている情報も多かったけれども、新たに学ぶことも少なくなかった。その1つが「都市の鍼治療」という考え方。急所を見極めて、そこを突き、効果が出てくるのを待つ。資金がないので、大きなことは行えないそうだ。

かつての目抜き通り「11月15日通り」。来客の減少を心配する商店街の反対を押し切って、店主たちが不在の週末のうちに、車道を歩行者専用道に変えて、花壇を設置した。休みが明け、変貌を目の当たりにした店主たちは、クルマを乗り入れて花壇を潰そうとした。しかし道路に座り込んで絵を描く子供たちの姿が、店主たちを思いとどめた。まもなく多くの歩行者で賑わい、商店街の売上も大きく上昇した。やがて店主たちが進んで道路を美化するようになったという。最初に鍼を刺しただけである。

レルネル氏と中村氏は、今年からブラジルの首都ブラジリアのコンサルティングを引き受けているという。ブラジリアは未開の地にゼロからつくられた人工的都市で、供用開始は1961年。当時の時流を反映し、クルマを優先した街区がつくられ、ビジネス、商業、居住などの機能分化が進められた。しかし、そのために活気がなく、治安の維持が容易でない都市となった。都市計画の失敗例として、よく引き合いに出される。

僕がブラジリアのことを知ったのは今から30年近く前である。ブラジリア再生の道のりは非常にスローだと思う。でも、それはブラジルの懐の深さかもしれない。クリチバもブラジリアもいつかは訪れてみた。ブラジリアについては鍼治療のビフォー・アフターをこの目で見てみたい。行ってみたい場所は山ほどあるなあ。

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2007年6月 7日 (木)

増価型の街づくり、急がば回れ

国土交通省が主催する「エリアマネジメント・シンポジウム」に参加してきた。エリア・マネジメントとは、そこで暮らす人々、事業者、地権者などが主体となって、既存資源を生かしながら地域を自主的に運営し、良好なコミュニティを形成してゆくことである。ただ新規開発ばかりをするのではなく、ストックを活用して効率的な地域運営をはかってゆく。財政難による行政サービスの合理化が今後さらに進むとしたら、エリア・マネジメントの重要性は高まっていくはずである。

定員が700人強の会場はほぼ満席だった。収容人員を大きく上回る参加申し込みがあり、かなりの人数を断ったという。おそらく関係者を通じて動員が行われたのだろうが、それにしても大きな関心を集めているようだ。

従来までの発想では、建物や街区が完成したときが最高の状態であり、そのあとは時間とともに価値が下がってゆくだと考えられていた。しかしエリア・マネジメントでは、地域の関係者が維持管理や各種事業などの実施を通じて、市街地環境を向上させ、地域の価値を増加させることも目的とする。減価ではなく、増価の街づくりである。欧米では、古い不動産ほど価格が高いというケースもあるが、日本ではほとんどない。街づくりという点では、ようやく先進国に追いついたと言えるかもしれない。

99_9つい先日、ギフトとしてもらったサントリーのウィスキー「響」。時間をかけてじっくり熟成させたウィスキーである。値段の高いウィスキーだし、そうめったに飲むことはない。初めて気づいたことなのだが、瓶のガラスは24面カットである。1日24時間。1年の24節気を表しているそうだ。時の恵みを表現しているという。

長い時間をかけてこそ得られるものがある。シンポジウムでは日本各地での事例報告があったけれども、いずれも相当な時間をかけて、しかも丹念に取り組まれてきた、という印象を受けた。急がば回れである。

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2007年5月15日 (火)

感覚環境の街づくり

来月6月は環境月間である。そのためエコライフェアを初めとする数多くのイベントが全戸各地で開催されるようだ。従前の「環境週間」から「環境月間」に変わったのは1991年であるが、それ以降、環境対策が進んだかというと、大きく首肯できるものではない。環境問題の関心を高め、いわゆるエコライフを定着させてゆくには、継続的な取り組みを行うとともに、新たな価値を提示し、目先を変えながら人々の意識を喚起することが必要となるのだろう。

「環境感覚の街づくり」。目先を変える取り組みのひとつと言えるかもしれない。この6月9日にシンポジウムが開催される。住民の生活環境へのニーズが「量」から「質」に転換してきつつあることに対応し、人間の五感感覚を重視した街作りを総合的に推進することが目的だそうだ。生物は基本的には不快を避けて、快感が得られる方に行動する。そして不快な状態ばかりが長く続くと、心身に不調をきたし、正常な行動や判断がとれなくなる。逆も真なりだと思うけど。いずれにしても環境問題の起点になるという点では、感覚は非常に重要である。というのは「まともな感覚」があれば、環境問題に望ましい方向が出てくるはずである。

さて昨年末に発表された「感覚環境の街作り」報告書では、街づくりの新たな視点として、熱、光、かおり、音の4つを着目すべき感覚として位置づけている。ヒートアーランド、光害、悪臭、騒音などの悪影響を低減化させ、「良好な風」「文化的価値を生み出す街の灯り」「草木や花の香り」「川のせせらぎや虫の音」などを創出しようというものである。たしかに、その通りなのだろう。しかし個人の「感覚」としては物足りなさを感じてしまう。

日本語の「把握」は「ものを手で握ること」であり、「ものごとを理解すること」でもある。これは英語のgrip、独語のergreifen、仏語のsaisirにも共通している。何かをしっかり理解するにときに、手で触るという行為、すなわち触覚が非常に重要になる。それは文化を超えた、普遍的な人間のものの感じ方ではないだろうか。触覚を伴わなければ、ものごとの表面的な理解にとどまってしまう。

Dsc00048このところ人々の触覚が粗野になり、他人との間隔をうまく取れない人が増えてきたと思う。例えば通勤電車の中で平気で身体をぶつけてきたり、逆に過剰に潔癖症であったたりとか。いろいろなものを手で触る機会が減ってきた。そのために触覚も衰退してきた。裏付けるデータはないけれども、論理としては十分に成り立つ。「環境感覚の街づくり」を進めるとしたら、とくに重視すべきは触覚だと思うのだが……。知恵を絞れば、街のなかでも、いろんなことができるはず。例えば写真「植物を触ってみよう」。

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2007年4月27日 (金)

緑を着こなすビルディング

Dsc03486今日は東京・表参道に出かけた。以前から感じていることだけれども、表参道には壁面緑化というか、植物が絡まっている建物が多い。客観的なデータがあるわけではないが、統計をとったら有意な差が出てくると思う。表通りから細い街路に入ってゆけば、緑が絡まっている建物を容易に発見することができる。そして、どの建物もなかなかセンスがあるのである。

無造作にツタを這わせたような建物もあれば、入口を取り囲むゲートのようにデザインされた緑もあるし、縁台の一部として設えられた緑もある。それぞれが個性的で見ていて楽しくなる。丸の内界隈にように秩序だって配置された緑ではなく、自由な雰囲気を持った緑である。

Dsc03484表参道というとファッションの街であるが、ファッションで大事になるのは、衣服やアクセサリーなどをを着こなすという姿勢だと思う。特定のイメージをもったブランドを身につけることで、そのブランドを誇示するということは、人が主体的に服を着るというよりも、服に人間が着られてしまうことになる。そうではなくて、さりげなく衣服を身にまとい、その人らしさが出てくる。それがファッションと人の望ましい関係ではないだろうか。人間が主体的に服を着こなしてゆく。

もちろん、すべての表参道の建物がそうではない。しかし緑を上手に着こなしている建物が他地区に比べ、表参道では多いと思う。ファッションの街だけある。正直に言うと、こじつけの屁理屈という感もあるが。

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2007年4月26日 (木)

昭和30年代村 その2

「ネタが続かないのでヘリクツで考えるエコビレッジ その16」

3月29日に書いた「昭和30年代村」の記事の続編。先日、事業主体である不動産開発企業であるツカサグループ主催の説明会に参加してきた。会場はほぼ満員で、熱気にあふれていた。

Dsc03474昭和30年代村の計画予定地は伊東市の山中、名門川奈ゴルフ場の近くにあって、総敷地面積が5万7千坪。計画人口は2000人で、主なターゲットは団塊世代。昭和30年代の懐かしい街並み、温もりのある暮らしを住民自身の手でつくってゆく。人々の暮らしぶりがそのまま観光資源になる地域づくりをめざし、たくさんの観光客を呼び込む。そして観光収入によって、住民の生活を一生涯にわたって保障することが目標だという。国の年金制度は当てにならない。だから土地活用によって新年金システムを構築するそうだ。西ヨーロッパのモナコ公国がモデル。税金はなく、社会保障はある。それが実現できるとしたら、この村に住みたいという人はたくさんいるだろう。

この構想に対して金融機関は冷ややで、融資してくれるところは少ないという。ツカサグループの代表である川又三智彦氏によると「銀行の人間は頭が固い」という。それでも資金は他からも調達可能で、早ければ今年じゅうにも着工できるそうだ。総投資額は約30億円。なお昭和30年代村の業態は、リゾート型ウィークリーマンションで、安価でリゾートが利用できることが大きな特徴だという。1泊2800円~。

さて僕なりに、ざっと収支をはじいてみる。昭和30年代村での新年金システムの年間受給額を1人百万円と仮定すると、村の人口が2000人だから20億円が必要になる(この他に投資に対するリターンも要る)。これを観光収入のなかから確保するとして、経常利益利率を20%とかなり高く見積もった場合、総売上は100億円。飲食費や宿泊費、その他を含めての1日当たりの客単価が6千円だとすると、年間の延べ利用者数が167万人、1日当たり4570人。このうち3分の1が宿泊したとすると、最低でも500室の宿泊施設が必要となるだろう。そうなると初期投資30億円では収まらない。村のすべての住民が民泊を受け入れたら可能かもしれないけど……。どうやら僕も銀行の人と同じく、頭が固いようだ。

Lkb_1昭和30年代村は、更地をゼロから開発し、年金システムも新規につくってゆこうという取り組みである。しかし日本国内では使われなくなった施設は少なくない。先行きは危ういものの、とりあえず年金制度もある。既存の施設や制度をうまく活用することで、ムラやコミュニティを新たな形に再生してゆく方が有用ではないだろうか。頭が固い者としては、そう思う。左の写真は、廃村をそのまま再生したスペイン・バスク地方のラカベ。既存の建造物の有効活用。

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2007年4月25日 (水)

消えゆく昭和、新たな時代へ

東京杉並区の阿佐谷住宅。地上3~4階建て鉄筋コンクリート造の118戸、地上2建てテラスハウスタイプ232戸、合計350戸。1958年に竣工した、住宅公団による分譲集合住宅である。現在、再開発計画が進行中で、来年にも取り壊されるそうだ。多くの入居者はすでに退去していて、掃き出しの大きな窓にはコンパネが張られている。

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阿佐ヶ谷住宅には、とても豊かなコモンスペース(共有空間)がある。まず敷地中央部には大きな広場が設けられている。そして自動車の通る幹線道路と、人が歩く小径は明確に分けられている。緩やかなカーブを描く小径は、何となく楽しい気分にさせてくれる。また随所にオープンスペースが確保され、誰もが自由に出入りできる(関係者以外は立ち入り禁止という看板はあるけれど)。そのうえ敷地内には豊かな緑が育っている。住民の多くが退去した現在でも、どことなく生活感を感じさせる緑である。ヒューマンスケールで、ほっとできる。きっと往時は、広場や庭先で子供たちが賑やかに遊び、また大人達にとっても屋外は憩いの場所であったのだと思う。

しかし老朽化し、また地価に見合った収益を確保するという理由で再開発される。昭和の雰囲気を色濃く残した場所が消えてゆくことを残念だと思うのは、部外者の論理であろう。再開発するからには、現在の住環境より、ずっと良質な空間をつくってほしいと思う。いずれにしても近い将来に、この豊かな空間は消え去ってしまう。見に行くのなら今のうち。

Grape持続可能な街区づくりというと、成功事例として言及されることの多いのがアメリカ、カリフォルニア州デイビスのビレッジホームズである。そして阿佐ヶ谷住宅の雰囲気は、ビレッジホームズとよく似ているのである。大きな中央広場があり、住宅は何軒かのクラスターとして配置されていて、クラスターごとにオープンスペースがある(広場やオープンスペースを確保するために、一戸当たりの敷地面積は小さい)。自家用車と人が歩く小径は分けられていて、小径はカーブを描いている。豊かな緑が育っている。散策するのが楽しそうというのは阿佐ヶ谷住宅と同じである(ただしビレッジホームズの方はソーラーパネルなどの環境系のシステムが導入されているという点で、ずっとエコロジカル。写真はビレジッボームズ内のブドウ畑。住民で収穫してワインをつくるそうだ)。

一昨年に大ヒットした映画『ALWAYS 三丁目の夕日』。とても印象に残ったシーンがある。舞台は昭和33年、鈴木家が電気冷蔵庫を購入すると、氷で中を冷やす木製冷蔵庫が無造作に捨てられてしまう。昭和の中頃は、じゅうぶんな人間の暖かさが残っていた時代であるけれども、大量消費社会に突入した時代であったのだと思う。だから阿佐ヶ谷住宅の再開発では、消えゆく昭和の良さを暖かさ踏まえながらも、昭和を反省したうえでの再開発になってほしいと思う。そういえば今年から4月29日は、昭和の日になった。

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2007年4月18日 (水)

しみじみネーミング

11_4趣味のひとつが無目的に街をぶらぶら歩くこと。仕事に行くときも、早めに出て、ひとつ手前の駅で降りて、街を歩いてみる。僕の仕事にとっては社会観察も重要なことであるから、決してマイナスではない。それに、わずかであるが交通費の節約にもなる。つい先日、立ち寄ったのは品川区の北品川。

北品川と言うと、品川駅の北側にあると思ってしまうが、品川駅の南側にある。そして駅周辺の品川プリンスホテルや品川インターシティ(これらは港区)などの現代的な都市空間とは対照的に、北品川には昔ながらの民家や路地、商店街がいまなお残っている。商店の店構えも店名もほのぼの系で味わい深い。例えば「幸福食堂」「我が家の楽園(居酒屋)」など、見てる方が気恥ずかしくなるような直球勝負。しかし、わかりやすくていいと思う。時間がなくて店に入れなかったが、いずれ時間があれば、幸福食堂に入ってみたい。

Dsc03336商店街の中央部には「品川宿おばあちゃんち」という子育て交流ルームがあった。どうやら空き店舗を活用した施設で、地域のお婆さんたちが、近所の子供を預かったり、子育ての相談に乗ってくれる場所であるらしい。また「品川宿おばあちゃんち」の近くには、昔ながらの風情を漂わせる「駄菓子屋またあした」があったりする。

何事においてもネーミングはとても大切だと思う。北品川商店街のネーミングは、身の丈にあった、しみじみとしたネーミング。生き生きとした生活感があふれている。

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2007年1月24日 (水)

地域通貨のチャンス

今朝の日本経済新聞、パスモ(PASMO)の記事が大きく載っていた。パスモとは、この3月に関東私鉄大手が導入する共通ICカード乗車券で、この1枚で関東の鉄道、バスの大半が利用できるようになる。とても便利になるわけであるが、それだけに留まらない。電子マネーを入金しておけば、キャッシュレスで買い物ができる。また買い物金額や乗車度合いに応じてサービスポイントを貯めることも可能になる。

現状趨勢だと、人口減少や高齢化などの影響によって、鉄道やバスの利用者が大幅に増加することは見込めない。そこで何らかの方法で沿線顧客により多くの利便を提供し、自社に対する好感度を高めてもらうことが重要になる。いわば顧客の囲い込みである。

いまのところ、この共通ICカードの使い途として想定されているのは、交通機関の利用と買い物が中心である。しかし、その先には地域通貨の流通ということも視野に入ってくる。昨年、日本民営鉄道協会では「鉄道とまちづくりの連携」という提言書を公表している。そのなかで、鉄道事業者は、まちづくり・地域づくりに貢献すべきであり、多様な関係主体と地域とマネジメントする仕組みを導入すべきだと明示されている。そしてソフト施策のなかで地域通貨の導入についても、わずかではあるが言及されている。

地域通貨とは、円やドルなどの法定通貨とは違い、一定の地域内のみで利用できる通貨である。地域内でのサービスやモノをやりとりする通貨で、市場経済では評価されない小さなサービスやモノなどを交換することに重きを置く。結いの現代版とも言え、互助などの助け合い、人と人の絆づくりを活発化し、コミュニティを自律させてゆく有力な手段になると考えられている。そこそこの注目は集めているけれども、現在時点では、その広がりは限定的だと思う。グラスルーツ(草の根)的な発想であるから、限定的であることは、むしろ自然なことかもかもしれない。

しかし、その限定的な分野にいずれ、強固なシステムに支えられた共通ICカードが乗り込んでくると予想される。地域通貨関係者は、これを脅威とみるか、機会とみるか。これまで、どちらかというと、地域通貨は大きなセクターに対抗するための手段と位置づけられてきたように思う。だから大手企業が地域通貨を取り組むことについては、いくぶん違和感もあるだろう。しかし現実を直視すると、JR東日本のスイカが大きく普及したように、パスモも普及してゆくだろう。だとしたら勝ち馬をうまく御しながら、つまり共通ICカードのインフラをうまく活用しながら、地域通貨を広げてゆくことも有意義ではないだろうか。

スイカと同じようにパスモが広がり、やがて定着する。うまく波に乗れば、いまよりずっと地域通貨が使われるようになるだろう。

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2006年12月 3日 (日)

まちをつくるコミュニティ・ポイント

世界では約2万5千の地域通過があるという。円やドル、ポンドなどの国家が定める通貨と違って、一定の地域内のみで使える通貨。地域の人々が持っている技能や労力、あるいは地域の人々がつくったモノのなかには市場経済のなかで評価されることはなくても、それらで地域のニーズを満たすことができる。物々交換のような互酬的なシステム。エコマネー、ボランティア切符、LETS(Local Exchange Trading System)など、いろいろなものがある。

001_9この6月に東京世田谷区の烏山駅前通り商店街では、ICチップを搭載した「えるもーるLUCK CARD」が発行された。このカードは商店街での購入金額に応じてポイントが加算されてゆくカードであるけれども、買い物以外でもポイントを獲得することができる。地域を良くする活動した人に発行されるポイントで、それらはコミュニティポイントと呼ばれている。もちろん貯まったポイントは商店街での買い物に使うことができる。

地域の清掃活動に協力すると「ボランティア・ポイント」がもらえ、マイバッグを持参してショッピングバングを辞退した人には「ノー包装ポイント」、自転車をちゃんと駐輪場に入れた人には「マナー・ポイント」、商店街事務所にプリンタのインクカートリッジを持参した人には「リサイクル・ポイント」、NPO法人「笑顔世田谷」に相談に訪問した人には「よろず相談ポイント」がもらえるそうだ(よろず相談ポイントは「商店街を頼ってくれて有難う」という感謝の気持ちを示すものだという)。この他にも、新たな使い方を検討してゆくそうだ。

地域通過と法定通貨とは別個のものとして考えられることが多いが、烏山駅前通り商店街ではそれが重なり合っている。コミュニティポイントは地域内でのみ生まれる通貨であるけれども、地域内では現金と同じように使える。

良くも悪くも、いまの社会ではほとんどのものが法定通貨でやりとりされるという現実があるし、それを否定する考え方もある。しかし現実を嘆いても仕方がない。できることから何かを始めるべきなのだろう。このコミュニティ・ポイントはそうした問いかけがあると思う。

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2006年11月25日 (土)

生き方のデザイン

つくばエクスプレス(常磐新線)、柏の葉キャンパス駅前に11月20日にオープンした「柏の葉キャンパスシティ・アーバンでサインセンター(UDCK)」。柏の葉地区では「環境・健康・創造・交流の街をつくる」をコンセプトの街区整備事業が行われているが、その協働の場となるのがUDCKである。柏市、東京大学、千葉大学、三井不動産などが中心になって、いわゆる産官学だけでなく、市民やNPO、農家も含めて地域連携を推進する場として設立された。

Dsc02971相当な意気込みがある。だからビジョンブックというパンフレットの表紙には「生き方をデザインする街へ」とキャッチフレーズが示されている。パンフレットのなかでも「この街は、どこよりも新しい生き方をデザインできるキャンパスになる」と書かれている。従来よく使われてきた「ライフスタイル」ではなく「生き方」であるから、人の内面や価値観にまで踏み込むものである。

街区のコンセプトにしたがえば、環境に配慮した生き方、健康な生き方、創造的な生き方、交流が活発な生き方をデザインすることになる。具体的に考えれば、エネルギー消費量を大幅に削減すること。地産池消を推進し、クルマ依存から脱却すること。食べ過ぎないで肥満を解消し、生活習慣病を減らすこと。何でも買ってすます(消費依存)のではなく、自分でも創ること。人と関わりあい助け合うこと。このような生き方を広める拠点のひとつがUDCKなのだろう。

おそらく街のあり方だけでは実現できないこともあると思う。例えば、エネルギー消費の大幅削減、クルマ依存からの脱却については環境税があった方が進みやすいだろうし、消費依存を改めようとすれば商業者への規制も必要かもしれない。生き方をデザインするという試行錯誤のなかから日本社会全体に対する大きな枠組みも提案しほしいと思う。

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2006年11月21日 (火)

人口減少時代のまちのかたち

国際フォーラム「人口が減る時代の新しいまちのかたち」という講演会に参加してきた。これからは過去のような量的成長を追及するような時代ではない。自然を初めとする地域資源を生かし、それぞれの個性を認め合い、そこに住む人たちの共助によって地域をつくってゆくべきである。そのような趣旨の催しだったと思う。

人口減少時代の地域のモデルの1つにエコビレッジがある。だから講演のトップバッターは唯一、海外からのゲストで、アメリカのイサカ大学教授のイラン・シャピロ氏。自身が住んでいるエコビレッジ・アット・イサカについてプレゼンテーションだった。今後もアメリカの人口増加は続くと予想されているから、日本とは状況が違う。しかし自分たちのニーズは自分たちで満たすというエコビレッジの姿には、日本も学ぶべき点は多いはずである。

シャピロ氏がエコビレッジ・アット・イサカでの課題の1つとして指摘したのが複雑さ(project complexity)である。市場経済が発達した社会では、ほとんどの商品やサービスは外部から調達できるし、それは便利なことでもある。いっぽうエコビレッジでは、食糧を含め、いろいろなサービスをできるだけ自給する。自給率を高め、またエコビレッジとしての安定性を高めてゆくには、地域内の多種多様な人や資源を統合的にネットワークしてゆくことが必要になる。ものごとを多数決で簡単に決めてゆくことではなく、個と全体が最適に調和したホリステッィクなシステムをつくることでもある。住民にとって全容はなかなか理解しにくいし、骨の折れることでもあるようだ。

複雑なプロジェクト、エコビレッジに対する理解をどう深めていったらいいのだろう。1つの鍵はエコシステム(生態系)に学ぶこと、システム思考にあるのだと思う。この点についてシャピロ氏はパーマカルチャーに言及しながら説明していたが、時間の制約があって、残念ながら抽象的な内容に留まっていた。パーマカルチャーをある程度、知らないとわかりづらかったと思う。

今回もっとも印象に残ったのが滋賀県高島市長の海東英和氏の講演である。高島市はエコシステムに学びながら、そして地道に地域づくりを進めているのだと感じた。そう遠くない将来に訪れてみようと思った。

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2006年11月19日 (日)

ゲーテッド・コミュニティ

地全体をフェンスで囲み、入口で入出場の管理を行う住宅地、すなわちゲーテッド・コミュニティ(Gated Community)。アメリカでは約2万箇所に及び、800万人もの人たちが住んでいるそうだ。コミュニティの入口に門を設け、門を通過できる人を制限する。そうすることで不審者を排除することができ、コミュニティの安全性を高めることができる。日本では、これまで入出場管理を行うマンションもあったけれど、このところ一戸建ての住宅地でも入出場管理を行うケースが出てきている。

たしかに世の中、物騒だからコミュニティのガードを高くしたいという気持ちはよくわかる。しかし門を設けてガードを高くするだけで、街の安全性を高めることはできるのだろうか。例えば子供が不審者に追いかけられたとする。子供にとっては、どこか逃げ込めるシェルターがあった方がいいはずである。ところが、どこもかしこも門を閉ざしたゲーテッド・コミュニティだったらどうなるのか。逃げ場がないために捕まってしまう。ゲーテッド・コミュニティは外に閉じているという点で、街の安全性を損なう恐れもある。

アメリカではコストを下げるためにゲーテッド・コミュニティの大型化も進んできた。しかし規模が大きくなれば、住民の人間関係も希薄化し、そのなかで迷惑行為や犯罪も発生することにもなる。安全を生み出すはずであった場所で、危険の目が育ってしまう。

イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』。ようこそホテル・カリフォルニア。ここは素敵な場所。ここは自分たちの企みに囚われて、囚われの身になった人たちばかり。・・・・最後に覚えているのは出口を探して走り回ったこと。・・・・しかし、ここを立ち去ることはできない。

『ホテル・カリフォルニア』がリリースされたのは1976年。この頃からアメリカではゲッテド・コミュニティが増え始め、1980年代以降に急激に増えてゆく。コミュニティが私有化されていった。イーグルスがシニカル世相を読んでいたとみるのは考えすぎか。

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2005年11月28日 (月)

アーバンビレッジ

アーバンビレッジ。都市のなかを小さな生活圏ごとに再生しようという考え方である。コンパクトな空間、愛着を持つことができる場所、自足性の高い暮らしをつくってゆく。例えばロンドンやシアトルなどでは、都市計画体系のなかにしっかり位置づけられているそうだ。大開発ばかりが都市開発ではない。

東京都墨田区、永井荷風の小説『墨東奇譚』の舞台にもなった向島。空き地のアスファルトを剥がしてニワトリが飼われていた。ニワトリの面倒を見るのは、隣の中華料理店のご主人さん。エサはもちろん調理クズ。都会の真ん中だから自然養鶏と言えるかどうかは知らないけれど、平飼いであることには代わりはない。ニワトリたちは適度に運動するから、健康なタマゴを生んでくれる。

2006年がピークと言われていたが、すでに今年から日本の人口は減少し始めたようである。人口が減ると、当然ことながら土地が余ってくる。余った土地を農地にしてゆこう。生ごみはニワトリのエサにしよう。アーバン・ビレッジができてゆく。いつかはニワトリを飼いたいと思っている。

chiken

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