小説『夏の魔法』

21_2 舞台は栃木県の山間部。主人公は、離婚の後に脱サラし、ひとりで牧場を営んでいる。蹄耕法(ていこうほう)と呼ばれる方法で、自然を生かした牧場をつくりだそうとしている。ササなどを切り払い、最低限の通路をつけて、牛を山に放つ。すると牛が草を食べてくれるし、糞をする。その後で牧草の種を撒き、牛に踏ませて、種を定着させ後から発芽させてゆく。

近傍には、大きな設備投資をし、濃厚な配合飼料を与えて、多くの牛乳を生産する農家もある。しかし主人公はできるだけ簡素な設備で、自然に近い状態で牛乳を生産しようとする。そんな彼のもとに、離婚後、妻に引き取られていた息子が訪れてくる。息子は小さな出来事を契機に、社会とは没交渉の人間になっていた。牧場には魔法の力がある。いつまでたっても心を開かなかった息子は、少しずつ態度を変えてゆく。

物語では、主人公が北海道を旅したときに、蹄耕法(ていこうほう)に取り組んでいる牧場に出会い、そこでの研修を経て、独立したことになっている。そのモデルとなった牧場が、北海道旭川市の斉藤牧場であり、実際に多くの研修生を受け入れている。

牧場主の斉藤晶氏が入植したのが終戦直後。ところが、いくら開拓しても作物は実らず、また実っても小動物に食べられて、自分たちの食べる分さえ事欠く始末。下手に人間が手を加えたり、外から何かを入れるのではなく、自然にあるものをそのまま生かそう。そう開き直って、牛を山に放したのが、今日の斉藤牧場の始まりだという。パーマカルチャーというか、自然農法のような酪農だと思う。

蹄耕法(ていこうほう)という方法は、日本ではそれほど広がっていないようだ(この辺りの事情は『牛乳の未来』が詳しく、良書である)。やはりパーマカルチャーや自然農法に似かよった部分があるかもしれない。物語のなかでも、主人公は「哲学的なことばかりを言う」人物であり、社会とはやや乖離があるようにも描かれている。農業を生き方としてとらえるか、現代社会のなかの経済活動への対応に重きを置くか。エコロジーや自然循環を追及していくと、現代社会の経済活動には、あまりに多くの過剰や無駄があると思えてくる。それらに、ただ追従することは必ずしも良いことではない。

何事につけても、折り合いをつけて、歩み寄ってゆくことが大切なのだろう。そのためには、いろいろな経験を積んで、失敗してみることである。

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「農業がニッポンを救う」のか?

経済誌、週間ダイヤモンドの最新号で「農業がニッポンを救う」という特集記事が組まれている。副題は「楽しみながら儲ける! 日本のファーマー大変身」。日本各地のいろいろな取り組み事例が紹介されている。基本的には、ほとんどが成功事例の紹介である。

090228 脱サラしてゼロから農業を始めた農家。家業を引き継ぎ、農作物の品質にこだわり、新機軸を打ち出すことで、新たな販売チャネルを開拓した農家。ITを駆使して、効率を追及する農家。あるいは企業からの農業への進出。かつて同じ職場にいた人物も、記事として紹介されていたりする。

景気後退によって、職を失う人が大幅に増えている。いっぽう日本の農業は高齢化が進み、人手不足は深刻な問題となっている。そのためか、最近、第1次産業を雇用の受け皿として位置づけるべきだという論調が増えているような印象がある。たしかに労働力のミスマッチがあるわけだから、それは正論なのだろう。ただし違和感はある。

本来であれば、好きだから農業に就くことが望ましいわけで、産業界で仕事がなくなったから農業で仕事をするという姿勢は安易なような気がする。一部の例外を除くと、企業で得られる給料に比べると、農業で得られる収入は明らかに少なくなる。かつて同じ職場にいた人物の農業所得が紹介されていたけれども、おそらく職場に留まっていたときの所得の方が多かったはずである(彼がみずから決断したことなので、他人がとやかく言う筋合いのものではない)。

少ない所得でも、それなりに満足できるためには、農業が好きであることが大きな条件になると思う。だとしたら農業従事者を増やすには、まず多くの人々が農業を好きになるような土台をつくることが必要ではないだろうか。現在、十分に行われているだろうか。取り組む余地は多いのではないだろうか。それは農業という仕事の問題であると同時に、文化に関わる問題でもある。

前々から感じていることだが、フィンランドのように大学までの学費を無料にするという思い切った方策も必要だと思う。農業をしながら自給自足的な生活を送っていれば、日常的な生活費はそれほどかからない。ただし子供が高校、大学へと進むにつれて、それなりの教育費が必要となってくる。高等教育を自給自足でまかなうことは、現実的ではない。子育てのコストの大きさは、農業へ転じようとする人たちを押しとどめる要因のひとつになる。

農業はニッポンを救うことができるのか? おそらくオールマイティはありえない。特定の何かがニッポンを救うことはないだろう。総合的な観点から、取り組みを進めてゆくべきなのだろう。逆に、ニッポンが農業を守るという視点こそが必要なのだと思う。

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『ポトスライムの舟』にもエコはあり

芥川賞を受賞した小説『ポストライムの舟』を呼んだ。

この小説の主人公は、三十路にかかる独身女性のナガセ。彼女は派遣社員として工場で働き、月額給与の手取額は13万8千円。にもかかわらず、ふとしたことで世界一周の旅に出たいと思うようになる。その代金160万円余り。貯金を始めようと決意する。夜は知人が営むカフェの手伝いを、深夜はデータ入力の内職、そして週末は老人相手のパソコン講師。仕事を掛け持ちしながら、節約に励む。

ナガセは母親と二人で、築50年の古い家に暮らしている。老朽化が激しく、激しい雨が降ると、雨漏りがする。ただし家は古いけれども、広い。だからナガセは、行き場に困った友人を、居候として迎え入れたりもすれば、お金を貸したりもする。そのたびに使ったお金を計算し、世界一周旅行が遠くなったと感じてしまう。

水だけで簡単に育つポトスライム(観葉植物)が食べることができないかと夢想する。そして雨水タンクを衝動買いしてしまう。貧乏すると、エコになる。残念ながら、ポトスライム毒があって食べることができない。

厳しい状況で生活している。しかしナガセはそれを受け入れ、淡々と仕事をこなしてゆく。わずかな楽しみさえ見出しているようにも感じられる。そして希望も訪れる。力がないなりに、それでも生きていゆく。何かを考え、できる範囲で人への配慮を払う。望ましい出来事に巡りあえるかもしれない。

ますます社会の産業化が進んでゆく。労働力も簡単に交換できるパーツのようになってゆく。いまのところは食べ物のなどの基礎物資の値段も下がり、コンビニなどで安価な弁当を購入できる。薄給でも最低限の生活は成立させることは可能である。

ナガセが世界一周の旅行に行けるようになったのか。『ポトスライムの舟』では書かれていない。だから続編を期待したい。世界各地を訪れて、見聞を広げ、日本に帰ってくる。従来までとは、まったく違う生き方を志向する。勝手ながら、面白いと思う。

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あらためて『星の王子さま』

Dsc03131ある総合電機メーカーを訪れたところ、子供向けのブックレットをもらった。タイトルは『王子さまと地球のはなし』で、サブタイトル「この星のエネルギーとエコロジーのために」である。表紙を見れば明らかなように、このブックレットは、サン・デグジュペリの『星の王子さま』をなぞった本である。

故郷の星を旅立った星の王子さまが地球にやってくる。地球には美しい自然があるけれど、それが目に見えて失われつつある。いっぽう多くの人々が暮らす街に行ってみると、街はにぎやかであるものの、多くのクルマが走り、ほこりっぽくて、いくらか暑い。王子さまはすっかり疲れてしまう。そして地球の子供たちに言う。「大きなことをするよりも、時間をかけて取り組むこと、地球を思う気持ちが大切なんだ」……。

我が家にも『星の王子さま』はあるので、あらためて読んでみた。物語のなかで、数人の大人たちが登場するが、彼らは自分の都合しか考えていない。その都合は、いわゆる大人たちが取り決めた社会のルールやものの見方の一部である。多くの人と一緒に生活するためにはルールがあった方が望ましい。ただしルールに即して行動することは、見方を変えると、考えるという能動的態度を放棄することにもなる。ルールや既成の枠組みに囚われると、本質を見失ってしまう。

『王子さまと地球のはなし』の後半部分では、地球温暖化に話が及び、省エネ・省資源の大切が説明され、そして温室効果ガス排出量の実態、省エネ行動によるCO2削減量などが数字で示されている。省エネ行動を行い、数字を追い、その結果を「見える化」することは、たしかに重要なことなのだろう。

自分にとって何が本当に大切なのか。おそらく何かを大量に消費することではないはず。例えば、家族や友人を大切に思う気持ちかもしれない。大切なものへと心を向けてゆけば、おのずとエネルギー消費量は減少し、温暖化問題も望ましい方向が出てくるのだと思う。現在の消費のかなりの部分は、欲求不満の捌け口になっているような気がする。

温暖化対策が語られるとき、必ず数字とともに、減らすこと必要だと語られる。科学的な姿勢で臨むには、数字は不可欠かもしれない。でも正直なところ、少し違和感がある。数字が小さくなることは、目的ではなく、結果であってほしいと思う。

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「安心都市」特集もうすぐ出版

No411ビオシティ』という環境系の雑誌がある。もうすぐ第41号が発売になる。今回の特集は「安心(食べてゆける・生きてゆける)都市」である。僕も拙文を寄稿していて、前置き部分については、ビオシティ社のホームページで見ることができる。

一般に、都市での安全というと、治安対策へのニーズが高い。だから、ボランティアで防犯パトロトールを行う自主組織の数は大きく増加中だし、防犯関係のマーケットも増え続けている。もちろん自主組織や関連の商品・サービスは必要なのだろう。しかし、そのような抑制的な対応ばかりが進むと、かえって不安が煽られるし、居心地は良くない。それよりも、むしろ都会の中を「ムラ」という視点、つまりアーバンビレッジとして再編したら、どうだろう・・・というようなことを書いた。

ムラという、昔ながらのコミュニティを連想されるかもしれないが、都会とムラの良さを併せ持つというのが、アーバンビレッジの考え方である。だから都会のなかに、自然循環を回復させ、そこに住民が関与するのが大きな特徴のひとつである。そして世界を見渡すと、また大都会・東京の中でも、そのような取り組みが出てきているのである。

さて、このビオシティという雑誌であるが、半ばボランティアで成り立っている。出版する側はぜんぜん儲かっていないし、記事執筆者に対しても原稿料は支払われない。環境に配慮した都市や地域ができればなぁ、という思いのもとに、なんとか10年間余り雑誌が続いてきた。雑誌の新刊、そして休刊が相次ぐなか。

エコロジカルで農的な街づくりに関心をお持ちの人、余裕のある人、ご購入ください。あるいは記事ネタをお持ちの人、無償原稿をご提供ください。

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アマゾンを舞台としたエコ物語

つい最近に読んだ2冊の本。いずれもアマゾンを舞台とした本で、1冊はフィクション、もう1冊はノン・フィクション。

22_2『ターニング・ポイント2』。国際的な環境保護団体、グリーンピースは初めて公認した小説で、全3巻のちの第2巻。千年先後の地球から送り込まれてきた少年が、環境破壊の元凶となる暗黒組織に立ち向かうというストーリーである。ハリウッド映画化がすでに決定しているようで、物語はジェットコースターのように目まぐるしく展開してゆく。はたして環境問題への関心を広げることになるのだろうか。疑問を感じなくもない。

『奇跡のエコ集落ガビオタス』がアメリカで出版されたのは1998年。10年後の昨年末に、ようやく日本語版が出版された。中米コロンビアの不毛の地での取り組みを紹介する本である。ただし決して読みやすい本ではない。

224当時、まだ20歳代半ばのパオロ・ロガーリは1万ヘクタールのサバンナの使用許可を得た。その地域は、自然の野火によって森林が焼かれるために、長く不毛の土地になっていた。ロガーリ自身はエンジニアではないが、いろいろなエンジニアを巻き込んで、地元の自然を生かす適正技術を開発してゆく。画期的な人力の地下水ポンプ、太陽熱コレクター、水耕栽培、風車。

これらの適正技術はコストが低く、かつメンテナンスも用意で、やがてコロンビアの各地に導入されてゆく。政府からの公共事業を請け負うことで、また国連からの助成金を得ることで、ガビオタスの財政状況は豊かになり、ガビオタスの住人は増え、また太陽熱コレクターの製造工場でも多くの人を雇うようになる。

ところが好事はいつまでも続くとは限らない。ガビオタスから有能な人材が巣立ってゆく。ある者は国連の要職に就き、またあるものは大使となって外国へ旅立ってゆく。そして1980年代後半になると、石油価格が急落し、太陽熱コレクターへの需要が落ちこんでゆく。そのうえ政治家との癒着を防ぐために、ガビオタスのような財団組織への公共工事の発注が禁止されることになる。ガビオタスは大きな収入の道が絶たれてしまう。

ガビオタスを救ったのは、植林されたカリビアンマツである。マツから取れる樹脂が化粧品や医薬品などの材料になることがわかった。アメリカの開発銀行へ融資を申請し、それが認可されることになる。日本からの資金が充てられたらしい。200人の集落、そして2000人の雇用がつくりだされた。

この本の読みにくさは、そのときどきの現場の様子をできるだけ生き生きと伝えようとしているからだと思う。おびただしい多く人物が登場するし、技術的なことについても丁寧な説明があるとは感じられない。ただし、その代わりにガビオタスに対する人々の思いはよく伝わってくる。

なお1998年前に出された本なので、それ以降のことは書かれていない。側聞するところによると、1万ヘクタール近くの植林によって、降水量が増えたという。

『ターニング・ポイント2』も『奇跡のエコ集落ガビオタス』も、いずれも希望をテーマとした本である。『ターニング・ポイント2』では危機脱出はしたが、いまだ希望は見えていない。いっぽう『奇跡のエコ集落ガビオタス』では、たしかな希望が見えている。

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『世界一あたたかい人生相談』

ビッグイシューという雑誌がある。ホームレスの人たちを支援するために発行されている雑誌で、彼らが街頭で販売すると、売上金額の半分ほどが彼らの収入になる。東京や大阪などの大都会で、ビッグイシューを高々と掲げ、道行く人に販売を呼びかける姿を目にしたことのある人は少なくないだろう。

88つい先日、ビッグイシューから初めての単行本が発行された。タイトルは『世界一あたたかい人生相談』。これまで雑誌・ビッグイシューで連載されてきた「ホームレスによる人生相談」に、新たな相談を加えたものである。読者から寄せられた相談に、ホームレスが回答する。いわゆる勝ち組ではなく、大きな挫折を味わい、弱さを十分に自覚できているからこそ、悩める人々に共感できる。ホームレスの人々からの回答は達観しているし、あたたかさがある。

答というより、むしろ聞いているという態度であるかもしれない。俺たちも、それなりに頑張って生きている。そこそこ誠実に生き、働いてゆけば、それなりに、いいことがあるだろう。簡単に命を奪われることなど、ないのだろうから・・・。

この本には、約50件の人生相談とセットになった「悩みに効く料理」のレシピが掲載されている。例えば「訛りが恥ずかしい」という悩みに対応しているのは、「なまりぶしの冷や汁」で、「なまりはおいしい個性です」と解説されていたりする。いずれのレシピも非常にシンプルで、なかには「塩むすび&お味噌汁」「カップ麺またはラーメン屋さんのラーメン」というレシピさえある。

レシピがシンプルな料理は、簡単なようで、意外と難しかったりする。その人にとって、本当に美味しい塩むすびは、素材や調理法が重要であると同時に、塩むすびをつくる人の手の暖かさと大きな関係があるかもしれない。100円余りのカップ麺だからこそ、一緒に食べると、虚飾なくコミュニケーションが行えることになる。状況によっては御馳走になる。食事そのものよりも、食事を介した会話こそが最大の御馳走だという考え方もある。

あまり真剣に考え込まない。ほんのわずか目線をそらすと、別のものが見えてくるかもしれない。人生相談とレシピの組み合わせには、そのような意味合いが感じられる。

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『メメント・モリ 死を想え』

4「メメント・モリ」とは、ペストが蔓延ったヨーロッパ中世末期に、盛んに使われたラテン語の宗教用語だそうだ。死と隣り合わせだった時代。そのために生きることへの意識も鮮明にならざるをえなかったのだろう。

この本の著者は、藤原新信さんに写真家である。主にアジアの辺境の地で撮られた写真に、簡単なコメントが添えられている。例えば「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」。簡単であるけれども、意味深なコメントである。

干からびて、灰になってゆく人々。豊満な肉の塊であるニンゲン。はるか遠くへと続き、しかしながら、ぼんやりと淡さのある風景。明るい太陽に照らされた、楽園のような風景。人間が暮らすには、非常に過酷な、標高4千メートルの高山。いろいろ環境でヒトは生活し、いのちをつないでゆく。いずれもが広がりを感じさせる写真であるし、その奥には厳しさが潜んでいるように思えてくる。その厳しさは、生物であるヒトやニンゲンを、人たらしめる重要な要素になるのかもしれない。

人の一生はほんの一瞬あり、大きな自然に比較すると、ささやかなことなのだろう。一瞬であり、ささやかであるからこそ、そこに美しさも見い出すこともできる。

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『東京自然農園物語』大人のおとぎ話

22大人向けのおとぎ話のような物語である。『東京自然農園物語』というタイトルが示すとおり、都会の真ん中に、自然を再現するような4000千坪もの農園があり、敷地の一角にはアパートが建てられている。アパートにトイレは汲み取り式で、4人の住人の排泄物は下肥となって、農園に還ってゆく。農園を営んでいるのは、一人暮らしの老人である。ところが老人が急死し、4人の住人が農園を相続することになる。ただし5年間、有機農業を継続するという条件がついている。

東京都内4000千坪の土地を4人で相続するなら、1人当たり1000坪。物語の舞台は、バブルがピークに向かう1989年であり、10億円は下らない。当然のことながら、4人は5年間の有機農業に取り組もうと決意する。三十歳を目前にしたコピーライター、男性。彼と同年齢であるにもかからず、いまだに卒業できない男子大学生。三十路に入ったホステス。そして大阪出身のヤクザ。さっそく畑仕事を始めるものの、ズブの素人の4人はサツマイモと雑草の区別がつかず、サツマイモの葉と茎をすべて刈り取ってしまう。

前途多難と思われたものの、4人は巧妙にデザインされた農園に助けられることになる。老人は多種多様な果樹や山菜など、多種多様な樹木や植物を配置することで、人がそれほど手をかけなくとも、多くの自然の恵みを得られる空間をつくっていたのである。欲をかいていた4人は、次第に自然農園の魅力に引き込まれてゆく。

大きな壁にぶつかることなく、とんとん拍子で話が進んでゆくのは、少し気になるところであるが、紙面の制限があるし、また植物についての相応の記述も必要なので、それは仕方ないことだろう。ただし例えばコンパニオンプランツのように、植物などを適切な場所に配置し、互いに利する関係をつくってゆけば、豊かな空間が創造できるということは十分に表現できていたと思う。パーマカルチャー的な世界が描かれていた。

多くの人の都会のなかにこそ、直接的に自然の恵みを享受できる豊かな空間が必要だと思う。それは、ただ緑を増やすというのではなく、有用植物を適切に配置してゆくことである。

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小説『エネルギー』

11 エネルギー・ビジネスを描いた長編小説『エネルギー(黒木亮・著)』。上下巻700ページに及ぶボリュームたっぷりの小説で、耳慣れない金融用語が数多く出てくるが、ようやく読みきった。小泉純一郎やプーチンなどの実在の人物、WWFやグリーンピース、国際協力銀行などの実在の組織も登場するし、2001年9月11日のアメリカでの同時多発テロなど、実際に起こった出来事も出てくる。主人公は五井商事に勤める商社マンで、ロシアでサハリンBという天然ガス開発プロジェクトに携わっている。モデルとなった会社やプロジェクトは容易に想像できる。だからフィクションであるけれども、それが事実であるかのように思えてくる。

いろいろな人物が出てくるが、いずれも典型的に描かれている。石油などの商品をデルバディブなどの金融商品として扱い、オフィスに居ながらにして巨億の富を得るトレーダー。政府系の資金を引き出して、権力に物を言わせ、開発利権の獲得をみずからの実績にしようとする高級官僚。権力に取り入って、ビジネスの拡大をもくろむ関西系の商社マンがいれば、昼夜をあかさず仕事に取り組む真面目な商社マンもいる。環境破壊に結びつく開発行為の中止を叫ぶ環境NGO。そして日本などの先進国をうまくつかって、自国の経済開発を進めようとする政治家たち。

物語は1998年に始まり、2007年8月時点までが描かれている。この間に原油価格はいっきに上がってゆく。1バレルせいぜい20ドルだったものが、60ドルを超えることになる。トレンドをつかんで利益を得る者もいれば、損失を出す者もいる。ロシアのように大きな力を得る国もあり、ときに自然環境を引き起こし、一部の人々を窮地に追い込むこともある。そして環境破壊を阻止するという名目で、強く主張し、自分たちの利益の誘導を企てることさえある。世界は、ヒトの欲で動いていることを思い知らされる。

先進国の都市部に住んでいれば、お金さえ払えば、何の苦労もなくエネルギーを使うことができる。しかし、そのエネルギーが供給される陰には、大きなプロジェクトがあって、たくさんの人や組織の協力、そして膨大な資金や資源によって成り立っている。プロジェクトが大きくなれば、周辺への影響も出てくるし、すべての利害関係者から支持されるものにはなりにくい。

これが世の中であり、エネルギー生産の現場である。そう考えさせられる小説である。いまさらながらであるが、地球規模での気候変動抑止の道は、やはり遠いと感じてしまう。

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