小説『夏の魔法』
舞台は栃木県の山間部。主人公は、離婚の後に脱サラし、ひとりで牧場を営んでいる。蹄耕法(ていこうほう)と呼ばれる方法で、自然を生かした牧場をつくりだそうとしている。ササなどを切り払い、最低限の通路をつけて、牛を山に放つ。すると牛が草を食べてくれるし、糞をする。その後で牧草の種を撒き、牛に踏ませて、種を定着させ後から発芽させてゆく。
近傍には、大きな設備投資をし、濃厚な配合飼料を与えて、多くの牛乳を生産する農家もある。しかし主人公はできるだけ簡素な設備で、自然に近い状態で牛乳を生産しようとする。そんな彼のもとに、離婚後、妻に引き取られていた息子が訪れてくる。息子は小さな出来事を契機に、社会とは没交渉の人間になっていた。牧場には魔法の力がある。いつまでたっても心を開かなかった息子は、少しずつ態度を変えてゆく。
物語では、主人公が北海道を旅したときに、蹄耕法(ていこうほう)に取り組んでいる牧場に出会い、そこでの研修を経て、独立したことになっている。そのモデルとなった牧場が、北海道旭川市の斉藤牧場であり、実際に多くの研修生を受け入れている。
牧場主の斉藤晶氏が入植したのが終戦直後。ところが、いくら開拓しても作物は実らず、また実っても小動物に食べられて、自分たちの食べる分さえ事欠く始末。下手に人間が手を加えたり、外から何かを入れるのではなく、自然にあるものをそのまま生かそう。そう開き直って、牛を山に放したのが、今日の斉藤牧場の始まりだという。パーマカルチャーというか、自然農法のような酪農だと思う。
蹄耕法(ていこうほう)という方法は、日本ではそれほど広がっていないようだ(この辺りの事情は『牛乳の未来』が詳しく、良書である)。やはりパーマカルチャーや自然農法に似かよった部分があるかもしれない。物語のなかでも、主人公は「哲学的なことばかりを言う」人物であり、社会とはやや乖離があるようにも描かれている。農業を生き方としてとらえるか、現代社会のなかの経済活動への対応に重きを置くか。エコロジーや自然循環を追及していくと、現代社会の経済活動には、あまりに多くの過剰や無駄があると思えてくる。それらに、ただ追従することは必ずしも良いことではない。
何事につけても、折り合いをつけて、歩み寄ってゆくことが大切なのだろう。そのためには、いろいろな経験を積んで、失敗してみることである。
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