聖と俗
実家に帰省し、ある霊場を久しぶりに訪れた。実家から5キロほど山を登り、それほど標高の高い場所ではないが、かなり入り組んだ谷の奥にある。地形に由来しているのか、「穴の谷(アナンタニ)霊場」と呼ばれている。江戸時代後期に、ある高名な法師が修行を積んで以来、霊場としての名前が知られるようになったという。
ここでは万病に効果のある霊水が洞窟から出ると言われている。不純物がほとんど含まれておらず、非常に長い期間保存しておいても、腐敗することはないという。長く病気に悩んでいた人たちも、穴の谷霊場の霊水を飲むようになって、回復したという言い伝えも数多く残されている。朝から雪が降り、凍えるような寒さであっても、霊水を汲みにくる人たちは少なくない。大きなポリタンクをいくつをも抱えて、谷沿いの道を登ってゆく。
谷沿いの道を登りきると、今度は百八段の下りの参道を降りてゆく。普通、参道といえば、上りである。下りの参道は、いかにも霊場に降りてゆくという雰囲気がある。参道を降りきると、小さな広場があって、少し登って洞窟に入る。いまでは蛇口が設置されているが、かつては樋から霊水が流れ出ていたのだろう。蛇口をひねり、両手で霊水をすくい、口にしてみる。刺すように冷たい外気は、おそらく氷点下である。しかし冷水に暖かみがあって、おそらく10℃以上はあるだろう。ほっとする。夏場は逆に、霊水を冷たく感じて、ほっとするのだろう。
かつてに比べて、穴の谷霊場へのアクセスはとても楽になった。広い道路がつけられ、いつしか舗装された。だから台車でポリタンクを運ぶことができるようになった。参道の階段脇には電動コンベアも設置された。大量の霊水を、容易に手に入れられるようになり、有り難みが薄れ、俗っぽくなった印象を拭えなくもない。霊水が出る聖地であるにもかかわらず、清涼飲料水の自動販売機が置かれていたりする。しかし、それでも霊場の雰囲気はいまだに残っていると思う。俗があるからこそ、聖が際立つこともある。
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