2008年2月 3日 (日)

酒造りツーリズム

昨年の春から東北地方南部の地域へ、季節に応じて酒造りの旅に出かけている。田植え、稲刈りなどの農作業を行いながら、酒蔵を訪ねながら、遊びながらの1泊2日の旅。自分たちの田んぼから収穫された米は酒米一等米。一樽の必要な米の量からすると、微々たる量であるけれども、お酒の樽に加えてもらう。無事に仕込みが済んで、このまま順調に推移すれば、今秋には純米酒ができあがる。

今回の旅は、酒蔵での仕込みの体験作業である。しかし、ずぶの素人が酒蔵に行っても、ほとんど役に立たない。実際には、仕事の邪魔にならぬように、酒蔵の隅でほとんど見学しているだけ。仕込みの最中に雑菌が入る恐れがあるにもかかわらず、素人を受け入れていただいた。それだけでも、じゅうぶんに感謝すべきことである。

Dsc05019前夜から多くの雪が降っていた。蔵のなかは、しんしんと冷えている。午前八時に、米が蒸しあがった。お米を適切に発酵させるには、温度管理が大きな鍵となる。しんしんと冷えているけれども、蔵のなかの気温はまだ高い。だから出入り口を開けて、外から冷気を呼び込む。釜から出された米は麻布に包まれ、人の手によって別の場所に素早く運ばれてゆく。麻布が開かれ、米は平らに広げられ、煽られ冷まされてゆく。しばらく置くと、再び麻布に包まれて、今度は麹室に運ばれてゆく。

この酒蔵は小さくて、昔ながらの製法で酒がつくられている。機械を使う部分もあるけれど、いまだに人手がよる作業も多く残されている。温度管理が命取りである。そのために蔵の中を、まさに人が駆けて行く。交わす言葉はほとんどない。あうんの呼吸で、局面が次々と切り替わってゆく。狭いコートなかをプレーヤーが駆け回るバスケットボールみたいである。それが職人技の世界なのだろう。

ほんのわずかであるが、水仕事の手伝いなどをした。室温は4℃であるから、井戸水がとても暖かく感じられた。手足を動かすと、身体が温まってくる。ほっとする。その後で、発酵途上のお酒を試飲させてもらった。再び、ほっとする。しんしんと寒くて、最後はほっとした酒造りツーリズム。

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2007年9月18日 (火)

ピクチャレスクな山里

Dsc00014京都府南丹市美山町。京都府の中央部、まさに人里離れた山間地にある。京都駅からバスで美山町に行こうとすれば、最低でも1回は乗り換えが必要で、場所によっては2回乗り換えしなくてはならない。しかし平日であれば、先に進むしがたって、乗客はどんどん減ってゆく。川沿いの山道、周囲の緑を眺めながらのバス旅行はとても快適である。

美山町には、昔ながらの藁葺き民家の集落「かやぶきの里」が残っている。残っているというよりも、国の重要伝統的建造物群保存地区として、約40軒の集落まるごとが、地域ぐるみで保全されている。集落の背後には山が控え、前面から田んぼに囲まれている。建物だけではなく、集落の内外の風景も昔ながらの佇まいを残している。まるで別世界のような雰囲気がある。

Dsc00016雨上がりの集落の朝。薄い霧のかかる集落内をゆっくりと歩いてみると、家の中から、わずかに人の気配が伝わってくる。水路をさやさやと流れる水の音が心地よい。雨に濡れたコスモスには可憐な瑞々しさがある。湿気と冷気をはらんだ空気は、やさしい緊張感とエネルギーを身体にもたらしてくれる。

本当に美しい山里だから、たいした技量がなくても、ピクチャレスク(絵になる)写真を簡単に撮ることができる。美しい国とは、そんな風景がたくさんある国だろう。

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2007年6月18日 (月)

創発する「木の花ファミリー」物語り

どのような未来が現れてくるか。あるいは、どのような未来を創ることができるのか。ものごとがどう転ぶか。その可能性は限りなくある。だから未来のビジョンや目標像を具体的に描けば描くほど、多くの可能性を排除してゆくことになる。そのためにビジョンや具体像が実現されない可能性も高くなってゆく。遠い先のことなど誰にもわからない。

じゃあ、どうやって望ましい未来を実現してゆくのか。どうすれば住みやすい世界がつくれるのだろうか。僕は「即興」や「物語り」といった方法に可能性があると思っている。以下、頭の体操である。しかし現段階ではじゅうぶんに整理されていない。かなり長文で、理屈っぽくなってしまう。

あらかじめシナリオを用意せずに、何かを演じるのが即興である。場の状況を読みとりながら、メンバーでコミュニケーションを行いながら、何らかの秩序をつくってゆく。言葉によるコミュニケーションもあれば、言葉以外でのコミュニケーションもある。気配を感じながら一人ひとりが振舞ってゆく。そして即興が奏功すれば、まったく予期しなかった新たな価値が出現してくること場合もある。それはメンバーの明確な意思によって何かをつくる創造ではなく、場の力によって何かを生み出される「創発」である。

一人ひとりが言葉を発し(物語り)、たくさんの人々の言葉が紡がれてゆくと物語なる。人々の印象に強く残った情報は蓄積され、ノイズは排除されてゆく。いっぽう言葉を他人に発することは、自己に対する理解を深めることになる。多くの人によって語り継がれ、少しずつ形を変えてゆきながら集団としての物語がつくられ、その大きな物語のなかに一人ひとりの物語も内包される。集団と個が調和した入れ子構造の物語。逆説的であるけれども、物語にはシナリオは用意されていない、その場その場の即興でつくられてゆく。

Dsc03783前置きが長くなったが、木の花ファミリーを訪れた。有機農業による自給自足を基本とし、新たな社会モデルめざすコミュニティで、50人足らずの老若男女が暮らしている。血縁を超え共同で生活し、食料はほぼ自給。市場経済に頼らずに、メンバーの個性を生かし合いながら、みずからの手で豊かな暮らしをつくってゆく。住民の人たちは生き生きとしていたし、丁寧に調理されたベジタリアン料理(写真)もとても美味しかった。個人的には疑問を感じた点もあったけれども、気持ちのいいコミュニティだったし、多くのことを学ぶことができた。

驚いたことのひとつが「大人のミーティング」。食事を終えると、そのときどきの課題を共有するために最低2時間はミーティングをするそうだ。深夜に及ぶことも頻繁にあって、僕が訪れた日もミーティングが終わったのは12時半頃。重労働である農作業に支障が出るのではと、勝手ながらに懸念したけれど、その心配はまったくなく、ミーティングが木の花ファミリーにとって、もっとも大切な時間だそうだ。

ミーティングにはあらかじめ用意された議題や筋書きはない。メンバーが仕事の報告を行い、翌日の段取りを決めてゆく。そして仕事の話がひと通り終わると、仕事以外の報告や提案、疑問も次々と話題に上がってゆく。メンバーが何かを語り、その場に居合わせた全員が話を聞き、遠慮なく意見が交わされる。もちろん夜遅い時間帯であるから、寝転がっているメンバーもいれば、実際に眠っているメンバーもいる。しかし非常に自由な空気の中で話が進められている。即興性を備えたミーティングであり、木の花ファミリーの物語、メンバー一人ひとりの物語を紡いでゆく場ではないだろうか。

木の花ファミリーは明確なビジョンをもって活動してきたわけではないという。何ものかの力に「導かれた」結果として今日に至ったそうだ。期せずして秩序がつくられ、ものごとが成し遂げられてゆく。創発されてきたコミュニティ。そのベースとなったものは毎日の「大人のミーティング」だと思う。

即興を実現するには、しなやかな感覚が必要になる。周囲のことを感じずに、ただ主張ばかりをしていては、周囲との関係を築けない。そして木の花ファミリーには、しなやかな感覚を涵養する環境があるようだ。最初の食事でとても驚いた。

木の花ファミリーでは食前に祈りを捧げるが、食事を囲むメンバーのなかで最年少の者(言葉を操れる者で)が、祈りの開始を告げることが約束事になっている。現在、その役割を担っているのが2歳の小さな女の子。彼女の言葉は、まだたどたどしい。それでも食卓に雰囲気を読みとって、ちょうど頃合いを見計らって祈りを始めることを告げるのである。ただし全員が座ったからといって即座に告げるのではない。

数多くのゲストたちが訪れて、ファミリーのメンバーと初めて顔を合わせ、同じテーブルに着き、言葉を交わす。ゲスト同士も大半が初対面であったために、主としてゲストの側に初対面ならではの緊張感と高揚感があったのだと思う。そのために食事よりも、会話に注意が向いていく。テーブルがざわつき、やや落ち着かない状態になってゆく。ところが、ざわめき打ち破るように、2歳の彼女は祈りを始めることを告げたのである。どんぴしゃりのタイミング、絶妙の間合い。すごい場の読み方。あー、本当にびっくりした。

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2007年5月28日 (月)

新鮮サナブリ

福島県の山中に田植えに行った。ある都市住民のグループに参加して、日本酒をつくるための田植えである。田植えや稲刈りなど節目の作業は、僕たち都市住民が行うものの、日常的な田んぼの管理は地元の農家に協力してもらう。そして収穫した米を地元の酒蔵で、日本酒へと加工してもらう。お酒になって手元に届くのは来年のことである。一反ニ畝の田んぼで、日本酒は約200本できるそうだ。ひそかなる楽しみである。

山奥の田んぼで田植えをするのは初めての経験である。平地の田んぼと違って、田の土がサラサラしているように感じられる。山から石が流されていく過程で、石が細かく削られてゆき、だんだんと土がつくられている。他の土を掬い上げると、わずかに銀色に輝いていた。その銀色の何かは、山の水が運んできたのだろう。

Dsc03654サナブリ。田植えが無事に終了したことを感謝し、田の神を天上へ神を送る行事である。神に感謝しながらも、手伝ってくれた人々を招待して盛大な酒宴を開く。今までの苦労をねぎらい、いっぽうで「来年もお願いします」というメッセージを送る。田舎での酒宴に参加するのは、これまでも何回もあったけれども「サナブリ」に参加するのは初めてのことである。

旧家の縁側の前にはブルーシートが敷かれ、何卓ものテーブルが並べられている。どんどん料理が運ばれてくる。すべて地元で採れた材料でつくられたものである。タコノコ、フキ、ワラビの煮物、和え物。このあたりなら都会でも手に入れることができる。しかしヤマウド、ジュウネン(エゴマ)、シドキなどの山菜になると、さすがに入手が困難。珍しくて美味しい食べ物。そして美味しい地酒も出てくるわけだから、とても贅沢な気分である。

最近ではサナブリが開かれることはめっきり少なくなったそうだ。機械化に進んだおかけで集落単位での共同の農作業を行うことが減ってきた。減反も進み、農業に従事する人たちも減ってきた。しかしサナブリは都会人にとっては新鮮で、面白い。何らかの活路がありそうだと感じる。きっと何かできる。

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2006年11月14日 (火)

よみがえる廃校、自遊自学

『現代農業』増刊号。生産としての農業ではなく、農的暮らしや地域コミュニティのあり方をテーマにした雑誌である。「定年帰農」という流行語も、この雑誌から生まれた言葉である。さて最新号の特集は「よみがえる廃校」である。

ずっと前から過疎化によって、廃校が増えてきているが、平成の市町村合併によって、廃校の数はさらに増加したらしい。しかし地域に人にとっては、廃校は自分たち育った場所であり、仲間たちと共に過ごした思い出の場所である。可能ならば何とかして残してほしいい。この最新号では、そのような取り組み事例が紹介されている。

「よみがえる廃校」のなかでは、立上げに協力した事例が紹介されていた(山形県)。いまから十年前のことである。維持費がかかるので、廃校を取り壊すという話もあったから、住民の方々にとっては、不安なかでの寄り合いだったと思う。部外者であったため、やや無責任な発言もしたかもしれない。しかし約1年かけて準備し、アグリツーリズムの施設として再スタートすることができた。来春でオープン10周年になる。本当によかったと思う。

「自遊自学」。廃校の再スタートの際に設定したコンセプトである。自分で遊学すること。離れた土地へ行って、普段と違った環境のなかで、みずから学ぶこと。セルフビルドにセルフサービス・・・・。ゲストとしてやってきた人でさえペンキ塗りなどの仕事をする。お金がなかったので、手づくりでの自遊自学。その代わりに、あまり無理はしない。無理をしなかったから長く続けられてきたのだと思う。

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2006年10月13日 (金)

ハナトピア訪問

茨城県日立市の「塙山(はなやま)学区住みよいまちをつくる会」を訪問し、話を聞かせてもらう機会があった。小学校区である塙山小学校区に住む現在の人口は約7400人。愛称が「ハナトピア」の同会はいわば自治会であるが、まさに行政に頼ることなく、まさに住民みずからの手でまちづくりを行っている。

自分たちでできることは、まず自分たちでする。みずからのニーズは自分たちの手で充足する。近年、このような地域の自律が重要であると改めて指摘されることが多いが、塙山学区住みよいまちづくりの会では25年も前から、住民主体によるコミュニティ形成が進められてきた。

びっくりするのは、その先進性と事業内容の多様性である。例えば1989年に自治会としての中期計画「塙山コミュニティプラン」を作成している。1995年には第1次コミュニティアクションプラン、2000年には第2次コミュニティアクションプランへとバージョンアップがなされてきた。第2次アクションプランでは福祉、安全、健康、環境などの7テーマが設定され、88事業が計画化されている。その内容は並みの自治体に勝るとも劣らぬものである。

例えば、第2次アクションプランのなかでは「健康はなやま21プラン」が策定されているが、これは都道府県および市町村が健康増進計画を策定することを定めた2003年施行の健康増進法よりも先行するものである。

さほど資金のない状況のなかで、どのようにして、このような先進的な取り組みを発想し、どうして実行できたのだろうか。現在の会長に率直に質問してみた。「行政はデータで考えるけど、私たちは現場で目の当たりにし、現場で考えるから・・・・」という答えだった。

塙山学区住みよいまちをつくる会の年会費は500円である。各種事業は受益者負担で、無駄な費用は発生させない「手弁当イズム」によって組織の運営が行われている。また現在、何が課題になっているしっかりと認識されている。たしかな自治が行われている。率直に、すごいと思った。

写真は、学区内にあるトヨタ系ディーラーから提供された車両だが、トヨタ製のものではない。ディーラーが住民の要望を真摯に受け止めた結果、そうなったのだろう。

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2006年8月29日 (火)

コミュニティとしての電車

富山地方鉄道本線(略称、地鉄)の宇奈月行きの普通列車。魚津市を通り過ぎて、黒部市から宇奈月町に差しかかるころには、車窓の風景は立山連峰の山裾の田園地帯となる。山肌は深い緑で覆われているけれども、田園の緑には黄色がさしてきている。まだまだ暑いけれども、秋の気配がすぐそこにある。

電車に乗っているのは半分以上が高齢女性である。富山県東部の独特の富山弁での、にぎやかな会話がある。決して騒々しくはない。和やかな空気が流れている。

「あんたんとこの孫さんはかたかろう(あなたのお孫さんは賢いでしょ)」
「なあん、だめながいぜ。きんのも、よばれやいうて、よさるまで帰ってこんかったがいぜ(いいえ駄目です。昨日も宴会で、夜遅くまで帰ってきませんでした)」
「ばんばん儲けとらえれるから、いかろう(たくさん儲けていらっしゃるから、いいじゃないですか)」
「だわだわと金使うばっかりで、さんにょもしとらんが(無駄遣いばかりで、計算もしていません)」

どうやら、お婆さんたちは電車になかで知り合った仲のようだ。駅で電車が停まるたびに、顔ぶれが変わってゆくが、会話は続いていく。この辺りでは、地鉄は高齢者の貴重な足であるから、利用者同士は顔見知りなる。そしてバスとは違って、四人がけのボックス席があるから、膝と膝をつき合わせた会話が生まれやすい。公共交通は移動手段であるけれども、和やかな人間関係を育む場所にもなる。
 
Dsc00519

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2006年6月29日 (木)

四季の学校

かなり以前のことだけど、山形県金山町の廃校活用を少しだけ、お手伝いしたことがある。1年ほどかけて村の人たちで話し合い、週末はソバ屋を開業し、また定期的に都市住民との交流事業を行うことになった。四季折々の自然を楽しむという期待を込めて「四季の学校」として名付けられた。学校案内のイラストの原図は僕が書き、友人のHさんがイラストにしてくれた。

地域振興を行うときには、「地域資源を探して、それらを活用すべし」と言われることが多い。もちろん四季の学校でも地域資源は生かしている。しかし天の邪鬼としては「地域にないからこそ取り組むべき」と考え、「ソバ」というボールを投げてみた。それまで金山町には、ソバ屋は1軒もなかったのである。取り組んだ人たちの力量が高かったから、ソバ屋さんは繁盛となった。

地域資源は大切だけど、地域資源に固執し過ぎると、大きな流れが見えなくなる。いったんは視点を変えてみることは必要だ。

ちなみに廃校となった小学校の校歌は「杉の花粉の飛ぶ空に~」という出だしで始まる。金山町はスギの名産地。明治時代には、スギ花粉が飛散することが繁栄を意味していたのである。現代とは、まったく視点が違っている。

Siki

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2006年6月 4日 (日)

新しい営農スタイル「市民農園」

山形県長井市。まちぐるみで生ごみの回収・再利用を行うレインボープランで有名なまちである。事業が始まったのは1997年で、多いときには年間5千人の視察者がやってきた。いまでも2千人の視察者を受け入れているそうだ。

2年前、NPO「レインボープラン市民農場」が設立された。自給や趣味のための市民農園ではなく、出荷を目的とした市民農場である。約5反の農地には6棟の温室があって、露地の畑もある。約10種類の作物を栽培し、目下のところ年間の農作物売上は600万円を目標にしているそうだ。

長井市のように地産地費を推進する地域であっても、農業の担い手を確保するのは容易ではない。そこで新たな営農スタイルを確立することを目的に、この市民農場は設立された。NPOとしてスタートすることで、できるだけ多くの人に参加してもらえるようにする。有償ボランティアを活用することで、事業としてのフレキシビリティを確保する。

農業者と消費者が協働することで、地域に根づいた環境保全型の農業を実現する。そして農産物の出荷を通じて、現実の市場経済にも立ち向かってゆく。夢はあるいけれども、簡単なことではない。しかし、このような営農スタイルは増えてゆくだろう。増えていってほしい。そういえば僕の参加しているグループでも、不定期に販売していたっけ・・・・。

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2005年11月23日 (水)

エコは購買動機にならない

「いくら環境対策を熱心にしたところで、それは宿泊動機に結びつかない」。星野リゾートの星野佳路社長は断言する。だから、この7月にオープンした軽井沢の温泉旅館「星のや」では、顧客に対しては環境面での取り組みをほとんどピーアールしていない。

77室の客室は(写真左)、谷あいの集落に見立てられ、運河沿いに建てられている。運河の先には小さな水力発電所(写真右)がある。敷地内にはヒートポンプも設置されていて、エネルギーの7割程度は自給されている。生ごみを始めとする廃棄物はすべて再利用されるゼロ・エミッション。食事の材料は、すべて地元産の無農薬野菜。

ただし庶民には、なかなか手の届かない料金だし、ゆっくりくつろぐために2泊以上の宿泊が基本とされている(僕はオープン前のイベントで泊まったので1泊のみ)。

現在の市場経済を前提とし、ビジネスとしてエコロジーを徹底的に追求してゆくと、やはり値段は高くならざるを得ない。星のやの場合、それを優れたマーケティングで乗り越ええている。現在の市場経済を批判することも必要だが、正面きって市場に相対してゆくことも大事だと思う。環境対策に取り組みながらも、それが宿泊動機にならないとクールに認める。そして立ち向かう。

 

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